Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

読書記録その8

 昨日の続きです。最近読んだ書籍、または大分前に読んだけど感想を書きそびれていた書籍について、ここらでまとめて感想を書き記しておきます。   


サイバラバード・デイズ』(イアン・マクドナルド)  

 イアン・マクドナルドの短編集『サイバラバード・デイズ』Cyberabad Days(2009年)。21世紀半ばのインドを舞台にした連作短篇集。SFとしては扱われている題材はそんなに目新しいものでもないかなと思うが、サイバーとインドのエキゾチックな風景と宗教的な世界観が上手くミックスされていて面白かった。


サイバラバード・デイズ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

サイバラバード・デイズ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)



ソラリス』(スタニスワフ・レム) 

 レムの『ソラリスSolaris(1961年)再読。名作の誉れ高い作品だが、初読は2015年、ほんの数年前のこと。タルコフスキーの映画版が好きになれなかったのと、映画のスチールを使った文庫の表紙が嫌で、長いこと敬遠していたのだった。実際読んでみたら隅から隅までしっくりきて、もっと早く読むべきだったと後悔した。読み終えるなり「この本は死ぬまでに何度か読み返す事になるだろうな」と思ったほどだ。あんなに嫌いだった映画版も「この難物にチャレンジしただけで価値がある」と受け入れることができた。小説におけるマイ・オールタイム・ベストテン入り確実の超名作。




『氷』(アンナ・カヴァン) 

 サンリオSF文庫再訪、アンナ・カヴァン『氷』Ice(1967年)。あんまり予備知識無く読み始めたら、序文は大御所ブライアン・オールディス(現在ちくま書房から復刊されている版ではクリストファー・プリースト!)。物語が始まるなり妄想フルスロットルのとんでもない傑作であった。主人公は、刻々と氷に覆われ終末に向かって突き進む世界で、軍事国家の独裁者と対立しながら、かつて関係を持った「少女」をひたすらに探し続ける。主人公の内面と崩壊する世界が一体化するこれぞ正に元祖セカイ系か。作者の情緒不安定、ヘロイン依存、旅行好き、カフカから影響を受けたという不条理な世界観、それら全てが迫り来る巨大な氷塊というヴィジョンに集約されて圧倒される。SFでも幻想小説でも呼び名はどうでもよいが、この在り様は、バラードが唱えたニューウェーヴSF宣言そのものではないか。とにかくあらゆる戦乱や難事件をぶっ飛ばして突き進む妄想のうねりが凄まじい。オールタイム・ベスト級の衝撃と感動を覚えた。レムの『ソラリス』やコーマック・マッマカーシーの『越境』等と同様に、読み終えてすぐ「これは死ぬまで何度か読み返すことになるだろう」と思った。


氷 (ちくま文庫)

氷 (ちくま文庫)



アサイラム・ピース』(アンナ・カヴァン) 

 アンナ・カヴァンの短編集『アサイラム・ピース』Asylum Piece(1940年)。アンナは精神を病んで一時期入院していた次期があったそうで、本作は入院生活が基になっている。小説は、全体を俯瞰する視点と登場人物の視点の相互から描かれることによって世界観の広がりのようなものを獲得するのだと思う。本作は事象が異様に狭い視点で描かれていて、その辺は精神状態がものの見方にダイレクトに反映しているのだと思うが、狂気をまとったものではなくて、むしろさらりとしている。後年の『氷』に比べると拍子抜けするくらい普通の小説であった。


アサイラム・ピース

アサイラム・ピース



『ジュリアとバズーカ』(アンナ・カヴァン) 

 アンナ・カヴァンの短編集『ジュリアとバズーカ』Julia and the Bazooka(1970年)。アンナはヘロイン常習者で、1968年にロンドンで心臓発作により死亡した際、その傍らにはヘロインの注射器が置かれていたという。本書は彼女の死後に刊行された作品集。そんな前情報をもって読んだのだが、そんなに深刻なタッチではなかった。遺言めいたところは無いが、過度にノスタルジックで感傷的な部分があり、老境に差し掛かった孤独な女性の心情を思わせる。


ジュリアとバズーカ

ジュリアとバズーカ


 この項、終了。