Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『クライ・マッチョ』(クリント・イーストウッド) 

 クリント・イーストウッド監督・主演最新作『クライ・マッチョ』鑑賞。落ちぶれた元ロデオスターの老人マイク(クリント・イーストウッド)が、世話になった牧場主ハワード(ドワイト・ヨアカム)の依頼を受けて、メキシコに暮らすハワードの息子ラファエル(エドゥアルド・ミネット)をアメリカまで連れてくることになるが・・・というお話。

 

 本作のメインストーリーは、イーストウッド演じる元ロデオ選手の老人と反抗的な少年(と鶏)の旅です。思えばイーストウッドが誰かと旅をする映画はこれまで何本もあります。『サンダーボルト』ではジェフ・ブリッジスと、『センチメンタル・アドベンチャー』では息子カイル・イーストウッドと、『ガントレット』ではソンドラ・ロックと、『真昼の死闘』ではシャーリー・マクレーンと、『ピンク・キャデラック』ではバーナデット・ピータースと、『ダーティファイター』二部作ではオランウータンのクライドと・・・マカロニウエスタン時代の『続・夕陽のガンマン 地獄の決斗からしイーライ・ウォラックとの珍道中がかなりのウエイトを占めていました。そんな訳で、イーストウッドと少年が車でや徒歩で荒野を行く姿には既視感を覚えます。

 

 正直のところ、映画としてはかなりユルい仕上がりだと思いました。年齢や価値観が違う2人が対立を繰り返しながら旅を続けて相互理解を深めていく、というパターンなのですが、何だかお話が都合よく進み過ぎて深味が足りないような印象です。これまでのイーストウッドならばもっと教師の役割を担っていて、旅の相手に託するものがあったように思いますが、本作ではそんな部分も随分軽いなあと思いました。そもそも主人公はしがらみから断り切れない仕事を引き受けた普通の老人であり、依頼内容に裏があることがわかってもそれに反抗することもなく、仕事を終えるとさっさと女性のもとに帰っていくという調子の良さ。イーストウッドの出演作でこのジャンルにおける最高傑作は『サンダーボルト』だと思いますが、あの結末のやるせなさに比べると、本作は随分あっさりしていて、本当にこれで終わっちゃうの?と驚きました。

 

 恐らく、我々がイメージするイーストウッド、シリアスなアクションスターとしてのイーストウッドは『許されざる者』『グラン・トリノ』ですでに自ら終止符を打ったのだと思います。その後は本作をはじめとした出演作(『人生の特等席』『運び屋』)で様々な老後(晩年)を演じて楽しんでいるようです。本作はユーモアが基調となっていて、暴力沙汰も起きるけど誰も死なない、主人公が銃で決着付けるようなことにはなりません。そこがこれまでのイーストウッド映画とはっきり違うところではないですか。鑑賞後あれこれ思い巡らしているうちに、長年のファンとしてはそれでいいような気がしてきました。何しろイーストウッドがリラックスしていて楽しそうなのがいいじゃないですか。

 

 監督としてのイーストウッドの手つきが感じられたのは、終盤のハワード父子が再会する場面。国境で待つ父親の顔が影で真っ黒に隠れていて表情が見えないショットがあり、親子の再会が少しも喜ばしいものには見えません。この少年はこの先苦労するだろうなと思う。ここなんかイーストウッドらしいシビアさが垣間見えた瞬間でした。

 

『クライ・マッチョ』 Cry Macho

監督/クリント・イーストウッド 脚本/ニック・シェンク、N・リチャード・ナッシュ 撮影/ベン・デイヴィス 音楽/マーク・マンシーナ

出演/クリント・イーストウッド、ドワイト・ヨアカム、エドゥアルド・ミネット、ナタリア・トラヴェン、フェルナンダ・ウレホラ

2021年 アメリ