Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『パッション』 (ジャン=リュック・ゴダール)

 

 先日「初めてのゴダールは『女と男のいる舗道』だった」と書きましたが、これが記憶違いで、実際は『ゴダールの探偵』が先でした。時は1986年の春、大学の映研サークルに入り、先輩に連れられて見に行ったのだった。劇場は渋谷PARCO劇場。当時の自分には何が何だかさっぱりわからなかった。『女と男のいる舗道』を見たのは翌1987年、東京経済大学に通う友人に遊びに行って、彼の授業が終わるのを待つ間、図書館の視聴覚ブースのビデオで見たのだった。これも当時は何が面白いのかさっぱりわからなかった。同じ年には高田馬場の二番館で『ゴダールのマリア』にトライしてこれも撃沈・・・。ゴダールって面白いかも、と思えるようになったのは同じ年の冬にリバイバル公開された『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』二本立て(有楽町スバル座)見てからですね。自分にとって決定打だったのは『右側に気を付けろ』で、それ以降は『ゴダール・ソシアリスム』までほぼリアルタイムで。過去作もソフト買ったり借りたりでチェックを続け、90年代後半からゼロ年代前半にかけて60年代ゴダールリバイバルされた時は夢中になって劇場に通いました。

 

 自分ではゴダールのファンという意識は無いんですが、振り返って調べてみたら結構な本数を見ていました。やはり映像体験として毎回とても刺激的だったというところが大きい。Twitterなどでゴダール追悼の文章をたくさん目にして、やはり自分だけじゃなく多くの人たちにとって「体験」としてのゴダールは特別だったんだなと改めて感じました。個人的に好きな5本を挙げると(『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』除く)、『はなればなれに』『軽蔑』『ウィークエンド』『右側に気を付けろ』『ヌーヴェルヴァーグ』です。

 

 という訳で。ゴダール追悼に『パッション』(1982年)再見。『パッション』の初見は1996年、ヴィデオで見ました。実に26年ぶりの再見です。60年代の終わりから70年代の終わりにかけての「ジガ・ヴェルトフ集団」名義による政治映画(アジビラ映画と言うか)時代を経て、『勝手に逃げろ/人生』(1979年)で「商業映画」に復帰したゴダールの復帰第2作。

 

 スイスの田舎町にあるスタジオで、『パッション』という題名の映画撮影が行われていた。レンブラントゴヤ等の名画を実際の人間で再現しようとする企画で、ポーランドから招かれた監督ジェルジー(イェジー・ラジヴィオヴィッチ)は「光が良くない」とダメ出しを続けて撮影は滞り、予算は大きく超過していた。その頃、ミシェル(ミシェル・ピコリ)が経営する工場で働くイザベル(イザベル・ユペール)は工場から解雇を言い渡された。工場が違約金を払わなかったことから、労働者による抗議集会が行われる。ミシェルの妻ハンナ(ハンナ・シグラ)が経営するホテルには映画撮影と労働争議に関わる人たちが出入りし、状況は混迷を深めていく・・・といったお話。今回再見してビックリしたのは、ちゃんとお話が分かること(笑)。もちろんストーリーの面白さで引っ張っていくような映画ではありませんが、登場人物たちの関係性や置かれた困難な状況はきちんと理解できました。

 

 イザベル・ユペールミシェル・ピコリというフランスのスターに加え、ドイツからファスビンダー作品で知られるハンナ・シグラポーランドからアンジェイ・ワイダ作品で知られるイェジー・ラジヴィオヴィッチが出演しています。プロデューサー役でゴダール作品の常連ラズロ・サボも出てましたね。仏頂面の映画監督イェジー・ラジヴィオヴィッチ。ショートカット(可愛い)のイザベル・ユペールが吹くハーモニカ。何故か赤い花を口にくわえてるミシェル・ピコリハンナ・シグラの終始困惑したような表情。主演の4人は勿論、ホテルの関係者や撮影現場の人たちなど脇の登場人物も印象に残ります。

 

 『勝手に逃げろ/人生』で「商業映画」に復帰して以降、この時代は映像がしっとりとして美しく、音響演出がまた独特の切れ味を見せているという印象です。本作もとにかく映像が良い。撮影には60年代ゴダール作品の常連ラウール・クタールが復帰。ラウール・クラールのインタビューによると、ゴダールは大物撮影監督にあらかた断られた後にやって来てオファーしたそうで、昔のよしみで仕方なく引き受けたらしい。冒頭の飛行機雲のショットから、終わりの雪道を走り去る車のショットまで、冴えたショットの連続で目が離せない。スタジオで「活人画」を撮影する場面なんて、主人公の映画監督は「光が良くない」と何度もダメ出ししてますが、いやこれ充分凄いですよね!

 

 

『パッション』 Passion                                                            

監督・脚本/ジャン=リュック・ゴダール 撮影/ラウール・クタール 

出演/イェジー・ラジヴィオヴィッチ、イザベル・ユペールハンナ・シグラミシェル・ピコリ                                                    

1982年 フランス/スイス