Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『それからの彼女』(アンヌ・ヴィアゼムスキー)

 

 アンヌ・ヴィアゼムスキー『それからの彼女』(2015年)読了。ジャン=リュック・ゴダールの政治映画時代のミューズであり、2番目の妻でもあったアンヌ・ヴィアゼムスキーが書いた自伝的小説。思いがけず追悼のタイミングになってしまいましたが、ゴダールが亡くなる前に図書館から借りて読んだ1冊です。この表紙を図書館の棚に見つけたら、借りるしかないですよね。

 

 女優を引退した後のアンヌは作家として活動。自伝的小説を何冊か出していて、以前、女優デビューの頃を描いた『少女』を読みました。これはロベール・ブレッソンの『バルタザールどこへ行く』のメイキング・ドキュメンタリーにもなっていて、とても興味深いものでした。

(以前の記事 https://kinski2011.hatenadiary.org/entry/20120217/p1

 

 本書はアンヌとゴダールの結婚生活を描いたもので、正に波乱万丈。始まりは1968年、フランスは「5月革命」の真っただ中で、パリに住む2人は否応なしに巻き込まれて行きます。幸せな結婚生活を望む20歳のアンヌと、暴力沙汰に巻き込まれようとも(眼鏡を何度も壊そうとも)デモに突っ込んでいく37歳のゴダール。5月革命当時のパリの様子が事細かに描かれているのが興味深く、デモの場面など混乱した雰囲気がリアルに伝わってきます。

 

 ゴダールフィルモグラフィーにおいては『中国女』『ウィークエンド』を撮った後、映画製作に意欲を失い政治活動にのめり込んでいった時期。やがて「ジガ・ヴェルトフ集団」名義による政治映画で再び旺盛に映画製作を展開するまでの間の時期です。ゴダールの紆余曲折と、周囲が振り回される様子が手に取るように伝わってきます。アンヌはその間、ベルトルッチパゾリーニといった監督作品に関わり女優として成長しようと必死で、2人のすれ違いは続きます。

 

 アンヌが他の監督作品に出演するとねちっこくアンヌをいびるゴダールモラハラ夫の典型のようです。本書の終盤で描かれるホテルでの自殺未遂事件など、ゴダールは彼なりにアンヌを愛していたのだなとは思いますがそれにしても・・・という感じでしたね。自伝的小説、なのであくまでアンヌから見たゴダール像ということでしょうが。もちろん嫌な面だけではなくて、アンヌをおんぶしてアパルトマンの階段を登り切って嬉しそうな姿とか、眼鏡を外すとバスター・キートンに似てるとか、可愛らしい面もいろいろと描かれていました。

 

 本書のもうひとつの魅力は錚々たる映画監督や俳優たちが実名で登場し、60年代終わりのフランス映画界が活写されているところです。トリュフォー、ベルナルド・ベルトリッチ(アンヌは『暗殺の森』にキャスティングされていた)、パゾリーニフィリップ・ガレル、マストロヤンニ等々・・・。中でも、『ワン・プラス・ワン』製作の顛末は実に面白かった。

 

 『ワン・プラス・ワン』の企画は当初ビートルズ主演で始まったもので、ゴダールは当初から乗り気ではなくて、ジョン・レノンと激しく対立して没になってしまった。(ゴダールとレノンが口論を繰り広げる間、テーブルの下でお茶会をするアンヌとポール・・・)ゴダールは契約の都合で企画を断れず、主演がローリング・ストーンズに代わって製作が続きます。この撮影風景も細かく描写されていて、実に興味深いメイキングとなっていました。ゆっくりとした移動撮影でストーンズの周りを旋廻しながら『悪魔を憐れむ歌』のレコーディングを捉える演出にはゴダールの並々ならぬ才能を感じます。ハッとしたのは「後でラッシュフィルムを確認したところ、ブライアン・ジョーンズは必ずカメラに背を向けていた」という証言。『ワン・プラス・ワン』のパンフレットで、鈴木慶一さんが「曲が完成に近づくにつれて、ブライアン・ジョーンズが次第にフェードアウトしていく」と指摘していたのを思い出しました。

 

 ゴダールトリュフォーらがカンヌ国際映画祭を中止に追い込んだ事件も出てきます。この時アンヌはカンヌに行きそびれて、そのことをずっと後悔していたと書かれています。その顛末がまたアンヌとゴダールのすれ違いの典型的エピソードですが、ゴダールの態度にぷんぷん怒りながら結局ビーチに泳ぎに行くアンヌには何とも言えないおかしみがありました。