Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『彼女のいない部屋』(マチュー・アマルリック)

 

 先の土曜日(24日)は映画鑑賞+ムーンライダーズLIVEという充実した1日でした。LIVEの感想は改めて書くつもりです。まずは映画鑑賞の感想を。マチュー・アマルリック監督『彼女のいない部屋』。渋谷Bunnkamuraル・シネマにて。以下、映画の結末部分に言及していますので、気になる方は鑑賞後にお読みください。チラシや予告編には「彼女に何が起きたのか、映画を見る前の方々には明らかにしないでください」と監督自身のコメントも載っていましたので。

 

 映画は主人公クラリス(ビッキー・クリープス)が、夫マルク(アリエ・ワルトアルテ)と2人の子供を残して家を出るところから始まります。早朝、まだベッドで眠る家族を残して家を出た彼女は、車で海を目指します。クラリスの不在に気がついた家族は、買い物にでも行ったのだからすぐ戻って来るだろうと考えますが、彼女は帰ってこない・・・。冒頭だけ見ると、これは「彼女のいない部屋」に残された家族のお話、突然妻がいなくなって慣れない子育てに奮闘する夫と子供たちを描く映画なのかなと思わせます。

 

 海に到着したクラリスの心は解放されず、彼女の彷徨は続きます。映画が進むにつれ、どうやらこの映画は時制が前後して描かれていて、時にクラリスの想像も入り込んでいるのだなと気がつきます。中盤の雪山の場面に至って、どうやら不在なのはクラリスではなく家族の方だったのかと気がつきます。各場面は、どこからどこまでが回想で、どこがリアルタイムのエピソードで、どこが想像なのかとわかりやすく描き分けされてはおらず、全てが同じテンションで並列されています。この語り口は災害や事故で家族や親しい者を失くした人物の心象風景というか、意識の流れに沿った編集なのかな。

 

 長女が弾くピアノにまつわるエピソードを筆頭に、細部がとても鮮やかで印象に残ります。クラリスが乗りまわす頑丈そうなバン、ラジオから流れる曲(J.J.ケイル『チェリー』)に合わせて歌うクラリスのリラックスした姿、錯乱したクラリスが市場の魚の氷で顔を冷やす場面、夫マルクが洗面所で全裸で髭を剃っている姿、壁に書かれた弟の身長、木の上の弟と地上の姉の諍い、車に搭載されたカセットデッキ(のようなもの)、ポラロイドに撮られた家族の姿・・・。もうひとつ、胸毛についてのエピソードが妙に印象的だったなあ。

 

 映画のラストは、クラリスが車で去ってゆくショット。カメラのポジションは『彼女のいない部屋』からの眺めです。EDには再びJ.J.ケイルの『チェリー』が流れ、観客の緊張を和らげてくれます。おかげで鑑賞後はわずかに前向きな気持ちになりました。マチュー・アマルリックは俳優業の傍らで監督業にも取り組み、本作が4本目の長編映画とのこと。俳優の個性の立て方はさすがで、明確な映像スタイルもあるので、今後の監督作品も楽しみだ。

 

『彼女のいない部屋』 SERRE MOI FORT

監督・脚本/マチュー・アマルリック 撮影/クリストフ・ボーカルヌ

出演/ビッキー・クリープス、アリエ・ワルトアルテ、アンヌ=ソフィ・ボーエン=シャテ、サシャ・アルディリ、ジュリエット・バンブニスト

2021年 フランス