Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『TATIタチ 「ぼくの伯父さん」ジャック・タチの真実』(マルク・ドンデ)

 

 『ぼくの伯父さん』で知られるジャック・タチの評伝『TATIタチ 「ぼくの伯父さん」ジャック・タチの真実』(1989年)読了。タチの生い立ちから、スポーツクラブの余興から始まったパントマイム芸が人気を博し、舞台、映画製作、やがて海外でも高く評価される映画作家へと上り詰めたその足跡を辿ります。少年時代のいたずらっ子ぶり、父親との確執と和解などプライベートのエピソードも交えつつ、映画作家としての特異な個性を描き出しています。山田宏一のインタビューに出てきた『天井桟敷の人々』のキャスト候補になっていた話、『スパークス・ブラザーズ』に出てきた晩年の企画については書かれていなかった。

 

 タチが監督した長編はわずかに6本。ぼくの伯父さん=ユロ氏のイメージが独り歩きしているせいか、もっとたくさんの出演作があるような気がします。タチは安易な続編には全く興味が無かったようで、最初の当たり役『祭りの日』(『新のんき大将』)の郵便配達役には続編のオファーがたくさんあったのに、舞台となる村を離れてはあのキャラクターは存在しえないと断った経緯が書かれています。時代から言って「郵便配達シリーズ」とか「ユロ氏シリーズ」があっても良さそうですが、そんな訳でシリーズものとして量産されることはありませんでした。

 

 タチの映画を見ると分かりますが、隅々まで緻密に計算され尽くしたかなり作家性の高い作品です。本書ではそんなタチのこだわりぶり、偏執的な音響演出にも言及しています。そして満を持しての大作『プレイタイム』では、コメディアンなのに自ら中心となる事をせず、観察者の立場に位置付けて点景の一部になりきってしまい、観客を戸惑わせることになりました。『プレイタイム』の興行的失敗で失意の中にあったタチにトリュフォーが励ましの手紙を送ったエピソードは感動的です。(その手紙が全文収録されています)

 

 『ぼくの伯父さん』がカンヌ映画祭に出品された際のスチールが載っていて、ジェーン・マンスフィールドと一緒に写ってたりしてなかなか凄い。時は1958年、ヌーヴェルヴァーグ前夜のことです。

 

 マルクス兄弟の研究書『マルクス兄弟のおかしな世界』を読んだ時も思いましたが、ギャグを文章で表現するのは至難の業。丁寧な記述で良いのですが、若干読んでてモヤモヤしました。全作品見直したいなあ。できる事なら映画館の大スクリーンで。