Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『フェイブルマンズ』(スティーヴン・スピルバーグ)

 

 スティーヴン・スピルバーグ監督最新作『フェイブルマンズ』鑑賞。TOHOシネマズ市川にて。

 

 セシル・B・デミル『地上最大のショウ』で映画に目覚めた少年が映画を志し、映画界入りするまでを描いたスピルバーグの自伝的作品。世界的なヒットメーカーであるスピルバーグのサクセスストーリー、単純な映画讃歌という訳ではなくて、もっと複雑なニュアンスが読み取れる興味深い作品だった。

 

 「フェイブルマン一家」というタイトルから分かる通り、基本はホームドラマ。主人公サミー(ガブリエル・ラベル)。3人の妹たち。ピアニストとしての才能がありながら芸術的な志向を押し殺して生きる母親(ミシェル・ウィリアムズ)と有能な技術者で上昇志向もある仕事人間の父親(ポール・ダノ)。家族と同居している父親の同僚(セス・ローゲン)。サミーの成長と並行して、奇妙な三角関係から両親が離婚に至る経緯のエピソードがかなりのウエイトを占めている。悩み多き母親の話が中心だけど、父親の人物像も意外と好意的に描かれていた。スピルバーグが父親に対する複雑な思いを抱いている事は、主人公を巡る2人の父親(的人物)が描かれる『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』でも伺い知れた。本作での描き方を見ると、父親の性格や仕事で振り回された過去をきちんと受け入れたんだなと思った。

 

 スピルバーグの実体験が元になっているので、自主映画製作の楽しさがたっぷり描かれている。戦争映画の撮影風景は自主映画ならではの工夫があれこれ描かれて面白い。映画についての映画としては、特に「編集」に重点が置かれているのが興味深いところ。8ミリの編集機とスプライサーの作業が丁寧に描かれていて、元8ミリ小僧としては懐かしかった。ホームムービーの編集中に家族の異変に気がつく場面のスリリングな演出。この場面の演出はデ・パルマ(というかアントニオーニ『欲望』か)的な面白さ。終盤の高校卒業パーティーで上映された作品の巻き起こす反応も、主人公の意図的な編集の結果。何を見せるか、どう編集するかで観客の視線や感情を導くのが映画ならではのテクニックであり、スピルバーグはその面白さと同時に残酷さも描き出す。

 

 大学を中退し業界入りした主人公は、ふとしたきっかけで憧れの巨匠と邂逅を果たす。巨匠を演じるのはあのデヴィッド・リンチ。見事な成りきり演技で、ちゃんとあの巨匠に見えたなあ。巨匠が主人公に授ける金言が実に面白い。「若者よ、夢をあきらめるな」といった精神論とは全く違う、物凄く具体的なアドバイス。これ実話なのかな。そして、その教えに従う映画の幕切れが愉快だった。

 

 主人公は妹から「女の子を出すともっと面白くなるよ」と指摘される。その解答というべき『Amblin'』のエピソードは出て来なかった。以前見た記憶では素人臭さの殆ど無い完成されたスタイルの短編だったので、このお話には収まらなかったのかな。

 

 卒業パーティーのロッカールームでの場面。主人公が編集した映画を見たいじめっ子の反応。スピルバーグの作品でああいった生々しい感情の噴出は初めて見たような気がして印象に残った。