Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ロング・グッドバイ』(ロバート・アルトマン)

 

 角川シネマ有楽町にて開催中の「ロバート・アルトマン傑作選」にて、『ロング・グッドバイ』(1973年)鑑賞。何度も見ている大好きな作品だけど、劇場鑑賞は初めて。

 

 言わずと知れたレイモンド・チャンドラー原作の傑作ハードボイルド小説の映画化。ひねくれ者アルトマンは原作ファンが仰天する大胆な脚色を施している。本作の探偵マーロウはハードボイルドにありがちなモノローグの代わりにいつもブツブツ独り言を呟く胡散臭い中年男で、餌をねだる飼い猫にもナメられている。先行するチャンドラーの映画化作品、例えば『三つ数えろ』(原作『大いなる眠り』)のマーロウ=ハンフリー・ボガートなどイメージして見始めるとあまりの落差に驚くことだろう。また、原作において最も重要な部分であるはずのマーロウと作家、マーロウと友人テリー・レノックスの間の描写をバッサリとカットしているので、友情どころか感傷の入り込む余地など一切ない。マーロウとレノックスの非情な結末は原作との差異をハッキリと示している。そこに「♪ハリウッド万歳~」などと能天気な曲が流れたりするもんだから、公開当時原作ファンはさぞかし腹を立てた事だろうなと思う。かく言う自分も原作の大ファンなので、初見の時は目が点になったっけ。

 

 しかし、この映画がチャンドラーの原作を裏切った全くの駄作かというと決してそうではない。アル中の作家(スターリング・ヘイドン)、変執的なギャングのボス(マーク・ライデル)、いかがわしい医者(ヘンリー・ギブソン)など役者の存在感はまさにハードボイルド・タッチ。格闘やら潜入のサスペンスなど探偵映画お得意の見せ場はほとんど簡単に(というかそうとうテキトーに)省略されているけれど、その代わりに、作家が自殺する海の場面やメキシコの寂しい街並みを車で回る場面、マーロウが女の車を走って追いかける場面などをじっくりととらえていて、そこにはアルトマンなりの見せ場作りの意志が伺える。テーマ曲が場面ごとに変奏されてさりげなく流れる趣向もムードたっぷりで良い。音楽は意外やジョン・ウィリアムズスピルバーグ作品のシンフォニックとは打って変わったジャジーなアレンジで聴かせる。

 

 今回見直して、改めてエリオット・グールドは良いなあと思った。黒のスーツのひょろりと長いシルエット。あっちこっちでマッチを擦っての絵になるチェーン・スモーカーぶり。その存在感にはボギーとはまた違ったタフさ、しぶとさが感じられる。そして何と言ってもあのユーモア(病院でもらったあの小さなハーモニカ!)。エンディングの「♪ハリウッド万歳~」もグールドだから絵になる。ボギーは「やれやれ」とか言いそうにないけれど、グールドは村上春樹翻訳調に「やれやれ」とか言いそうだなあと。

 

 さておき、マイ・オールタイムベストテン入りの作品を劇場で見ることが出来て本当に嬉しい。