Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『アナーキスト大会』『停泊』『ビンボーズの誇り』(ジョン・セイルズ)

 

 ジョン・セイルズは『エイトメン・アウト』『ブラザー・フロム・アナザー・プラネット』等の作品で知られる映画監督。セイルズは元々小説家志望で、作家デビューの方が先なのだった。その後ロジャー・コーマンの元で脚本家として名を上げて、映画監督デビューに至る。

 

 セイルズの短編『アナーキスト大会』(青山南 編・訳『同時代のアメリカ小説傑作集 世界は何回も消滅する』収録)は、アナーキストの老人たちの集会を描くドタバタ劇。自分勝手極まりない老人たちが、警察の介入で急に活気付いて一致団結するあたりは抱腹絶倒の面白さ。1990年刊行の『同時代のアメリカ小説傑作集 世界は何回も消滅する』の収録作品は、レイモンド・カーヴァーを筆頭に郊外の生活者が抱える寂寥感や歪みを描く作品が多い。セイルズ『アナーキスト大会』はこのアンソロジーの中では異色の内容だった。

 

 短編『停泊』(『ベスト・アメリカン・ミステリ アイデンティティ・クラブ』収録)は、お得意の群像劇スタイル(短編でも群像劇!)で港町の人間模様を描き出した作品。港に停泊するボートで暮らす人々、仕事で出入りする人々、観光客等々、港に出入りする様々な人々の点描から、ある夜の不幸な事件が浮かび上がってくる。ちなみに『ベスト・アメリカン・ミステリ アイデンティティ・クラブ』は年刊傑作集の2005年度版で、実に中身の濃いアンソロジーだった。セイルズ作品以外にも多彩な視点の短編がずらりと並び読みごたえがある。

 

 2篇の短編がとても面白かったので、長編『ビンボーズの誇り』(1975年)も手に取ってみた。アメリカ南部のど田舎を舞台に、ドサ回りのソフトボールチームTHE BIMBOSが旅先で繰り広げる大騒動を描く。「ビンボーズ」と聞くと反射的に「貧乏ズ」かと思っちゃうけど、 BIMBOSとは「頭のからっぽの女性、うすのろ、馬鹿の意」とのことで、いずれにしてもロクな意味じゃない。前時代(70年代)のお話なので、登場人物の大部分は現在ではあり得ない態度丸出し。人種差別、女性蔑視の差別発言が飛び交う。ドラマも悲惨過ぎて笑うしかない。唯一、休暇の日に地元の子供達と草野球をやる短いエピソードが幸福感に満ちていて泣けた。 

 

 『ビンボーズの誇り』は映画の仕事を始める以前に書かれたセイルズ最初の長編小説。セイルズは1950年生まれだから、20代半ばの作品だ。小説としてはかなり荒削りで混沌としてるけど、滑稽で物哀しい人物スケッチ冴えていてとても面白かった。はぐれ者たちの群像劇と野球というテーマには最初期からこだわりがあったのだなと。

 

 チームの小人をつけ狙うピンプのサイドストーリーが事細かに描かれていて、スラップスティックな面白さがある。黒人が皆退去した町でただ1人残った老人に会いに行く場面、野豚に襲われる場面などは田舎ホラー顔負けの緊張感があった。セイルズの映画はどうも生真面目な印象があるので、この弾けっぷりは意外だった。