菊川Strangerの特集上映からの流れで、7月後半はジョン・ヒューストン監督作品を連続鑑賞。簡単に感想を書き記しておきます。
『マルタの鷹』(1941年)
原作ダシール・ハメット。主演ハンフリー・ボガート。ヒューストンの監督デビュー作にして、ハードボイルド探偵映画の古典。原作で「金髪の悪魔」と描写される探偵サム・スペードはボギーと随分イメージが違うけど、時折浮かべるワルそうな笑みは正に悪魔的なカッコよさだ。
改めて見ると、本作はほとんど会話劇なのだった。派手なアクションや凝った謎解きがあるわけでもないのにこの面白さ。ヒューストンの歯切れの良い演出と、ボギー、ピーター・ローレ他クセの強い登場人物たちの丁々発止のやりとりでグイグイ引っ張る。鷹についての最後の決め台詞はヒューストンのオリジナルだ。
『黄金』(1948年)
ヒューストンと言えばこれ、という極めつけの傑作。一攫千金を夢見て、メキシコの山中で砂金掘りに挑む3人の男を描く。夢を追う人物が闘いの果て挫折していくというヒューストンが生涯を通じて繰り返し描いた物語の典型であり、かつ最も純度の高い作品。
食い詰めて通行人に小銭をせびり、砂金を手にしては疑心暗鬼に囚われ自滅するハンフリー・ボガートの哀れ。坑道が崩れ生き埋めになったボガートを一瞬見捨てようとするが思い直して助けに行くティム・ホルトがいい。老獪な山師ウォルター・ヒューストンの獣のような身のこなしとユーモア。最高だ。
食い詰め者の主人公が日雇い労働したり稼ぎを酒場で使い果たしたりする姿は後の『ゴングなき戦い』でも見たなと。ボギーにたかられる白服の男をヒューストン自身が演じている。
『アスファルト・ジャングル』(1950年)
それぞれ特技を持ったプロの犯罪者集団が強盗計画を実行する(そしてちょっとした手違いから計画が崩れていく)ケイパー・ムービーの元祖。脚本ベン・マドウ。「犯罪とは人間の努力が裏側に現れたものにすぎない」の名台詞。
全体的に劇伴は控え目、クールな映像と歯切れのよい展開、一瞬で片が付く銃撃場面が鮮やか。
冷静沈着なサム・ジャッフェ、危険な用心棒スターリング・ヘイドンら個性的な悪党たち。ヘイドンを慕うジーン・ヘイゲン、悪徳弁護士の愛人マリリン・モンローら女性キャラクターも印象的だった。
ヘイドンが馬に囲まれて息絶えるラストシーンが良い。あれで映画の評価がさらに上がった。
『赤い風車』(1952年)
パリの歓楽街で孤独な魂を絵筆に込めた画家ロートレックの伝記映画。大人気の画家でありながら、障害を抱えたコンプレックスから愛を拒み酒に溺れ自滅してゆくロートレック。ヒューストンはそんな破滅的な芸術家の生き様に共感を込めて描いている。踊り子が舞い酔客が熱狂するムーラン・ルージュの店内で、店のオーナーや常連客と会話を交わしながら軽やかな筆さばきを見せる場面がいい。死の床でムーラン・ルージュの幻影を見るラストには泣ける。
ヒューストンは華やかなパリの街とスラム街、どちらにも興味津々。大好きな狩りの場面もちゃんと出て来る。脇役で若きピーター・カッシングやクリストファー・リーの姿も。ハマー・ホラーでブレイクする前の出演作か。
『悪魔をやっつけろ』(1953年)
脚本は何とトルーマン・カポーティ。エキゾチックな風景のなかでクセの強い登場人物たちが丁々発止の駆け引きを繰り広げる物語はヒューストンの好きなパターンだと思うけど、本作はいまいちノリが悪い。ボギーが知能犯に見えないからかな。
ボギーの他、ジェニファー・ジョーンズ、ジーナ・ロロブリジーダ、ピーター・ローレなどキャストは面白い顔触れ。『終着駅』『慕情』のジェニファー・ジョーンズがブロンドで軽薄な人妻を楽しそうに演じてた。悪党四人組のリーダー、ロバート・モーレイはどっかで見た顔だなと思ったら『料理長殿、ご用心』の美食家(声:滝口順平)か!お気に入りのピーター・ローレにこれといった見せ場が無くて残念だった。
『イグアナの夜』(1964年)
原作テネシー・ウィリアムズ。メキシコの観光地でツアーガイドとして働く元牧師(リチャード・バートン)と、旅行客のミッション・カレッジの女性教師一行が繰り広げるドタバタコメディ(違う)。本作もまたエキゾチックな風景のなかでクセの強い登場人物たちが丁々発止の駆け引きを繰り広げるパターンで、モタついていた『悪魔をやっつけろ』に比べると遥かに面白い。
淫行で職を追われた元牧師リチャード・バートンの挙動不審ぶりが凄い。バートンの暗い目元と憔悴しきった演技は、後の『エクソシスト2』や『メドゥーサ・タッチ』を想起。バートンを誘惑するスー・リオン、ホテルの主人エヴァ・ガードナー、老詩人と旅をする画家デボラ・カーら濃い登場人物たちのぶつかり合いが実に面白い。常に半裸でマラカス振っているホテルの使用人2人組とか何なんだろうなあ。ビーチの屋台の主人役で『ワイルドバンチ』『ガルシアの首』のエミリオ・フェルナンデスが出てた。
『天地創造』(1966年)
世紀のベストセラー「聖書」映画化で一儲けと商魂逞しいイタリアン・タイクーン、ディノ・デ・ラウレンティス製作による175分の大作。誇大妄想的なところがヒューストンらしい。アダムとイヴ、ノアの方舟、バベルの塔等々、旧約聖書のエピソードが描かれているが、意外に見せ場に乏しく退屈で、題材への思い入れの無さを感じる。数多くの原作もの、文芸映画を撮ったヒューストン。もしや本作もそのひとつなのか。世界的な大ベストセラー「聖書」も一丁上がり的な。
アベル役は若きフランコ・ネロ。クレジットは下の方だった。66年は『続・荒野の用心棒』と同じ年なので、ブレイク直前だったのかな。神に我が子を生贄に捧げよと言われたアブラハム(ジョージ・C・スコット)が怒る場面には笑った。神にまで怒鳴り散らすとはさすがスコット世界一の激怒俳優だ。出演他にピーター・オトゥール、エヴァ・ガードナー、スティーヴン・ボイド他。ヒューストン本人が神の声を担当。ノアの方舟篇ではノア役で出演もしていて、動物たちと楽しそうに戯れていた。
音楽黛敏郎。当初モリコーネの予定だったが、契約上の問題で叶わなかったという。
『勝利への脱出』(1981年)
昔TVの吹替洋画劇場で見て以来の再見。ドイツ代表チームと捕虜収容所の連合国チームのサッカー試合、その裏で進行する脱走計画を描く痛快作。ビル・コンティの勇壮な音楽をバックに、戦争映画というより明朗なスポーツ映画に仕上がっている。結末は映画ならではのスペクタクル。脚本はジョセフ・ロージー作品や『荒野の千鳥足』のエヴァン・ジョーンズ。
実は映画の元になった試合があって、現実は悲惨な結末だったようだ。史実に即して映画化した『地獄のハーフタイム』(1961年)というのがあるらしい。これ見てみたいな。然るに『勝利への脱出』の明るさは、「こうであって欲しかった」という戦中派ヒューストンはじめ作り手の祈りなのかもしれない。
『アニー』(1982年)
赤毛の孤児アニーの冒険を描くブロードウェイ・ミュージカルを映画化。男性活劇路線だけではなく、こういった可愛げな映画もしれっと撮っちゃうあたりがヒューストンの謎なところ。不良を叩きのめす勇ましい場面や犬との連携プレー、まさかの高所アクションなど、ヒューストン爺さん楽しんで撮っている感じが伝わってくる。孤児院の場面には『操行ゼロ』カットありましたよ。
実はミュージカル映画苦手なのでこれまで敬遠してたけど、見て良かった。ミュージカル場面で一番面白かったのは、悪党3人が孤児院の階段や廊下で歌い踊るところ。ワイルダー『フロント・ページ』が印象的なキャロル・バーネットが孤児院の院長ミス・ハンニガンを怪演。バーナデット・ピータースって見たことあるなと思ったら、イーストウッド『ピンク・キャデラック』か!
〈ジョン・ヒューストンBest10〉
①ゴングなき戦い
②黄金
⑤女と男の名誉
⑥マルタの鷹
⑦火山のもとで
⑧勇者の赤いバッヂ
⑨禁じられた情事の森
⑩荒馬と女
未見の作品で気になってるのは『フロイド/隠された欲望』『クレムリンレター/密書』。特に『フロイド/隠された欲望』は『禁じられた情事の森』系の珍品の予感がするのでぜひ見てみたい。