Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『リメンバー・マイ・ネーム』(アラン・ルドルフ)

 

 アラン・ルドルフ監督の初期作品『リメンバー・マイ・ネーム』(1978年)鑑賞。ルドルフのフィルモグラフィーでは『ロサンゼルス・それぞれの愛(Welcome to L.A.)』 (1976年)に次ぐ作品で、『チューズ・ミー』等80年代の諸作に繋がる重要作だ。製作はロバート・アルトマン、脚本はルドルフ自身で、撮影はジョナサン・デミ作品で知られるタク・フジモト。

 

 12年間の服役から出所した主人公エミリー(ジェラルディン・チャップリン)はストーカーと化し、元夫ニール(アンソニー・パーキンス)夫妻の生活を執拗に脅かす。主演は小動物めいたルックスが印象的なジェラルディン・チャップリン。咥え煙草で神出鬼没の怪演、ワンマンショーの勢いで画面を席巻する。対するパーキンスは、曖昧な笑みと細長い独特のフォルムで居心地の悪い存在感を放っている。パーキンス、モーゼス・ガン、ジェフ・ゴールドブラムら、チャップリンが見上げる形になる高身長の男たちがキャスティングされているのは意図的なものだろう。

 

 パーキンス夫妻が謎の女に脅かされる前半はサイコスリラーのようだが、ルドルフは次第にパーキンス(被害者)目線から離れ、チャップリンと現妻ベリー・ベレンソンの女性二人にフォーカスしていく。最後は女たちの復讐劇を見届ける。映画の着地点はこちらの予想を快く裏切る、痛快なものだった。

 

 

 ゆるゆると移動し続けるカメラと、断ち切るような鮮やかなカットの組み合わせは、師匠アルトマンからの影響がうかがえる。またロマンティックなヴォーカル曲が登場人物の心情を代弁するスタイルがすでに完成されていて、本作ではアルバータ・ハンターのブルースが画面を盛り上げていた。

 

 本作は8月に書いた記事「すぐにでも見たい旧作映画20本」にリストアップしていた1本。鑑賞できてとても嬉しい。あらためてルドルフの人間観察と確かな演出力、そして切り口の独自性を感じることができた。

 

読書記録(2026年10月前半)

 10月ここまでに読んだ本は、10冊。まだブログに書いていなかった分について、簡単に感想を書き記しておきます。

 

 

長島訓子『子供たちによろしく』(2026年)

 映画に登場する子供にフォーカスしたイラスト・エッセイ。著者はいわゆるシネフィルではないようで、ざっくり・さっぱりしたコメントがいい塩梅だ。『子供たちをよろしく』『クリスチーネ・F』『壁の中に誰かがいる』『ケス』『ダウンタウン物語』『トリュフォーの思春期』『ワンダーストラック』あたりを取り上げてくれて嬉しい。

 

 

 

『別冊宝島 隣のサイコさん』(1996年) 

 ムーンライダーズの慶一さんの怖いストーカー体験が載ってたなと思い出して、久々に再読。表題には『ミザリー』が掲げられているけど、連想したのは佐藤正午『永遠の1/2』だった。九州にいる慶一さんに似た別人が悪さをして、そのとばっちりを受けたのではないかと。

 

 

 

オルガ・トカルチュク『昼の家、夜の家』(1998年) 

 ポーランド南西部、チェコとの国境近くの村が舞台。戦争の傷跡、中世の聖人伝説、夢のネットワーク、村人たちの日常、そして繰り返し登場するキノコ料理のレシピなど、土地の記憶が様々な物語の断片となって浮かび上がる。映画ネタでは、珍しいところでポランスキーの『テナント』が出てくる。ポランスキーは作者トカルチュク同様、ポーランド出身だ。

 

「夢は、この世界で所有権の及ばない唯一のものだ。この地上のどこであろうと、眠る人びとの頭なかには、ちいさくてこんがらがった世界が火を噴いている。」

 

 

 

蓮實重彦『映画狂人のあの人に会いたい』(2002年)『映画狂人万事快調』(2003年)

 ジョセフ・ロージー特集の続きでこの2冊を。『映画狂人のあの人に会いたい』には貴重なインタビュー、『映画狂人万事快調』には追悼文が掲載されている。蓮實はロージーの印象を「どこかに途方もない凶暴さの影を宿しながらも、まことに紳士的」と書き記している。

 

映画狂人万事快調

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ジム・トンプスン『天国の南』(1967年)

 1920年代のテキサス、石油パイプラインの過酷な建設現場を舞台にしたトンプスンの自伝的小説。あまりの面白さに一気読みしてしまった。トンプスンの狂気を宿したノワールなイメージを快く裏切る、瑞々しさと熱っぽさがあって最高だった。鮮やかな結末には唸った。これ誰か映画化しようという奴はいないのかな。

 

 

 

ボフミル・フラバル『剃髪式』(1976年)

 舞台は1920年代のチェコスロバキア。フラバルが自分の生まれる前の両親や叔父、ビール醸造所の人間模様をユーモアたっぷりに描く物語。主人公マリシュカ(フラバルの母)の自由奔放な行動と、弾むような語りが楽しい。お酒の吞みっぷりも良いので、読んでて喉が渇きましたよ。

 

 

 

イサク・ディネセン『まぼろしの馬』(1955年)

 『アフリカの日々』『バベットの晩餐会』などで知られるディネセンの掌編。美しい装丁(酒井駒子)に惹かれて手に取ってみた。馬具部屋の仄暗がりに浮かび上がる、子どもたちだけの静謐な幻想世界の描写が素晴らしい。秘密の部屋に遊ぶ物語を、病に伏せる女の子の視点で語れば童話になるだろう。本作の場合は大人の視点も盛り込まれている。かつて子どもだった自分を惜しむセドリック叔父さんの思いが切なく描かれていて、いっそう味わい深い。

 

 

 

カミラ・グルドーヴァ『楽園の子どもたち』(2020年) 

 これはもしや「映画の魔」案件かと期待したが、残念ながら違った。呪われた映画館が従業員を喰らうホラーにも読めるところが面白いけど、実のところは劣悪な労働環境の場末の映画館を舞台にした、苦い青春群像劇なのだった。

 主人公の悶々とした日々、ボンクラな同僚たちとの交流。取り上げられる映画のチョイスもビミョー。胸糞悪くて何度も読むのやめようと思ったが、これはきっと同族嫌悪というやつなのかもしれない。身を持ち崩すほど映画に溺れてみたいと願っても、今の自分にはそんな贅沢は許されていない。煩悶と哀しみで、一層落ち込んだ。

 

 

『昼酒』(サム・ペキンパー)

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 サム・ペキンパー監督『昼酒』(1966年)鑑賞。米ABCのTVシリーズ『ABC Stage 67』 の一篇として製作されたTVムービー。南部作家キャサリン・アン・ポーターの短編をペキンパーが脚色。スタッフは撮影ルシアン・バラード、音楽ジェリー・フィールディングとペキンパー作品の常連が揃っている。

 

 ペキンパーはドン・シーゲルに師事、『ガンスモーク』『ライフルマン』といったTVドラマで頭角を現して、『荒野のガンマン』(1961年)で映画監督デビュー。しかし『ダンディー少佐』(1965年)現場におけるプロデューサとの対立や『シンシナティ・キッド』からの降板など、トラブルメーカーとしてハリウッドで干されていた。古巣のTVに戻り演出した本作の成功で、ペキンパーはハリウッドに復帰。次に監督したのが傑作『ワイルドバンチ』(1969年)だ。

 

 主人公トンプソン(ジェイソン・ロバーズ)の農場に、無口な流れ者の労働者ヘルトン(ペール・オスカルソン)が現れる。ヘルトンはハーモニカに異様な執着を示す変わり者であったが、仕事ぶりは有能で、トンプソンとともに荒れていた農場を立て直すのだった。ある日、ハッチという賞金稼ぎが現れ、ヘルトンは精神病院からの脱走者であると告げる。対立の末、トンプソンはヘルトンを守ろうとしてハッチを斧で殺害してしまう。ヘルトンは農場から逃亡するが、ならず者たちに捕まり殺害される。裁判の末、トンプソンは正当防衛で無罪となるが、人殺しに対する周囲の視線は冷たく、次第に自らの罪悪感に押し潰されていく。やがて家族にも受け入れられなくなったトンプソンは、遺書をしたため猟銃で自ら命を絶つのだった・・・。

 

 ジェイソン・ロバーズ主演ということで、『砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード』のような楽しい作品を想像していたので、あまりに悲惨な展開に落ち込んでしまった。題名『昼酒』(原題Noon Wine)が表すように、一時の安定とその後の罪悪感が主人公を追い詰める。ペキンパーの繊細でペシミスティックな性質が良く分かる隠れた名作だった。

 

 出演はジェイソン・ロバーズ、オリヴィア・デ・ハヴィランド、ペール・オスカルソンほか。昔気質の農場主をロバーズが好演。妻役は『風と共に去りぬ』等で知られるオリヴィア・デ・ハヴィランド。流れ者ヘルトン役ぺール・オスカルソンは非常に神経質な演技を見せ、こういった役柄はペキンパー作品では珍しいと思った。脇にはペキンパー作品常連のベン・ジョンソン、L・Q・ジョーンズの姿も。

 

 原作小説は、後にマイケル・フィールズ監督、フレッド・ウォード、ステラン・スカルスガルド主演で再映像化されている。『Noon Wine』(1985年)。こちらも気になる。

 

 

 

『私は宇宙人を見た』(ティント・ブラス) 

 

 ジョセフ・ロージー作品を探して配信や動画サイトを見回って、気になる作品をたくさん発見した。友人から借りっぱなしになっている円盤もあるので、10月は監督やジャンルにこだわらず、時間の許す限り片っ端から見ていきたい。

 

 という訳で1本目、ティント・ブラス監督『私は宇宙人を見た』(1964年)鑑賞。『カリギュラ』『サロン・キティ』等で知られる欧州エロ映画の巨匠ティント・ブラスの初期作品。

 

 イタリアの田舎町がUFO目撃の噂で大騒ぎになるお話。ブラス版『ディスクロージャー・デイ』か『未知との遭遇』か(違う)。本作はファーストコンタクトものSFではなくて、UFO目撃の噂に右往左往する人間たちを描いたコメディだ。金持ちは享楽的なパーティに明け暮れ、政治家も軍隊も教会も全く役に立たず最後は全員病院送りという権力風刺(というかおちょくり)に主眼が置かれている。享楽的なパーティ場面、納屋の逢引き場面、女宇宙人のデザイン等には、後に開花するエロセンスの萌芽(?)が見られる。

 

 男宇宙人は農家の未亡人にスコップで殴られ意識を失い、金持ちの領主に売られてしまう。パーティーで領主と虚ろなダンスを踊る場面は不思議な面白さ。女宇宙人はお祭りに紛れて村を歩き回る。地球人と積極的にコンタクトを取るわけでもなし、何が目的なのか全く分からない。宇宙人描写はかなり投げやりだけど、UFOは実物大のセットや、飛び立つ場面の特撮など妙に気合が入っていて嬉しい。

 

 主演アルベルト・ソルディ。『博士の異常な愛情』のピーター・セラーズばりに、主要キャラクターをひとり4役の怪演。日本ではあまり馴染みがないけど、イタリアの名喜劇俳優とのことだ。脇にはモニカ・ヴィッティ、シルヴァーナ・マンガーノの美女2人が出ている。

 

 1933年生まれのブラスはゴダールやトリュフォーとほぼ同世代で、若い頃はパリのシネマテークに通ったという人物。それがなぜ後年エロ映画の巨匠になってしまったのかは分からないが、本作からは確かにヌーヴェルヴァーグの世代らしさが感じられる。シネマ・ヴェリテ風に延々とインタビューが入ったり、軍のUFO捜索隊を引き画で捉えた構図など、映像センスが一味違う。

『ディスクロージャー・デイ』(スティーヴン・スピルバーグ)

 

 スティーヴン・スピルバーグ監督の最新作『ディスクロージャー・デイ』鑑賞。イオンシネマ市川にて。封切り二日目とあって結構お客さん入ってた。客席は7割方埋まっていたと思う。

 スタッフは脚本デヴィッド・コープ、撮影ヤヌス・カミンスキー、音楽ジョン・ウィリアムスとスピルバーグ作品常連の顔触れ。出演エミリー・ブラント、ジョシュ・オコナー、イヴ・ヒューソン、コリン・ファース、コールマン・ドミンゴ、ワイアット・ラッセルほか。

 

 『未知との遭遇』『E.T.』『宇宙戦争』等、スピルバーグが過去作でこだわってきたUFO・宇宙人テーマの集大成的な作品だった。とはいえ新たな解釈がある訳ではなくて、「ロズウェル事件」でお馴染みの陰謀論的世界観、日本で言うならば矢追純一『木曜スペシャル UFO特番』的な胡散臭さを孕んだある種懐かしい世界を、全力で展開した作品なのだった。

 

 映画としては、ほぼ全編を謎のデバイス(典型的なマクガフィン!)争奪戦に費やしている。危機また危機の展開、車や列車の追跡劇、透明化したセットでのスラップスティックなアクションなどさすがの面白さ。子供ならではの興奮と戦慄を巧みに再現した夜の子ども部屋の場面も素晴らしかった。映画とはこういうものだというスピルバーグの開き直りは清々しいくらいだ。

 

 クライマックスでは、ついに表題の「情報開示の日」を迎える。ここでスピルバーグは“Watch the sky”精神で渾身のメッセージを繰り出す。そして映画で描けるのはここまでだと言わんばかりに、潔く幕を閉じるのだった。本当に面白いドラマはこの後にあるのでは?と思うのだが・・・。映画だからこれでいいのだと思う一方で、映画だからこそ、その先を見たかったという思いもあって悩ましい。

ジョセフ・ロージー特集(その4)

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 ジョセフ・ロージー特集の続きです。

 

『緑色の髪の少年』(1948年)

 戦争孤児の孤独と再生を描いたロージーの長編デビュー作。一風変わった児童文学の趣で、戦後の世相や反戦テーマを織り込みつつ、暗闇を怖がったり周囲と違うことに一喜一憂したりする少年の繊細な感情が丁寧に描かれている。久々に再見して、とても良い映画だと感動を新たにした。初見の時も感じたが、本作は少年の話を辛抱強く聴く医師(ロバート・ライアン)、少年を励ますおじさん(パット・オブライエン)、担任教師など、マトモな大人たちの存在にホッとする。

 主演ディーン・ストックウェル。ほとんど全編暗い目をしてむっつりと不機嫌そうな顔を浮かべているのが何ともいじらしい。髪の色が変わっていることに気が付いて、鏡の前でおどけて見せる場面のひとり芝居が可愛い。

 

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『不審者』 (1951年) 

 ロージー長編3作目。ストーカー警官(ヴァン・へフリン)に付きまとわれた人妻(イヴリン・キース)の転落を描くノワール。夜の住宅街での息詰まる心理劇から、終盤では砂漠のゴーストタウンへと舞台が移り、一気に破滅へと雪崩れ込む。

 ヴァン・へフリン演じるマッチョ警官の不快なリアルさが凄い。ロージー本によると本作は、当時のアメリカ男性が求めた「金、キャデラック、金髪女」を手に入れるためならその手段は問題ではない、とする誤った価値観についての映画だと。脚本にはダルトン・トランボが参加している(ノンクレジット)。

 

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『エヴァの匂い』(1962年) 

 ヴェネツィアの美しい街並みを舞台に、謎めいた高級娼婦エヴァ(ジャンヌ・モロー)に翻弄されて、自滅してゆく作家(スタンリー・ベイカー)を描く傑作。ベイカーの視点を通じ、男に媚びず冷徹で退廃的なオーラを放つジャンヌ・モローの魅力を完璧に捉えた記念碑的作品だ。

 初見の時は「これぞ究極の悪女映画か」と思ったものだが、改めて見ると、エヴァはノワール映画に登場する戯画化されたいわゆる「悪女」とは違っている。映画は彼女に執着するクズ男の方にフォーカスしている。全編に漂うマゾヒスティックな嗜好、主人公がエヴァにすがって咽び泣く場面、ベルトで鞭うたれる強烈な場面などを見ると、本作をして「自分のすべてを曝け出したもの」とするロージーの発言が実に味わい深い。

 現在目にすることのできる『エヴァの匂い』は、ロージーの意に反してプロデューサーのアキム兄弟によって無残にカット、再編集されたものだが、それでもなお観客の心を鷲掴みにする激しい情感、漆黒の宝石のような魔的な魅力は微塵も失われていない。

 原作ジェイムズ・ハドリー・チェイス、脚本ヒューゴ・バトラー、エヴァン・ジョーンズ、撮影はアントニオーニやフェリーニ作品を手掛けるジャンニ・ディ・ヴェナンツォ。音楽ミシェル・ルグラン(ロージーはマイルス・デイヴィスを熱望していたという)。ビリー・ホリディの歌が効果的に使用されている。

 

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『召使』(1963年)  

 監督ロージー×脚本ハロルド・ピンターの初コンビ作。裕福な貴族階級の主人と、彼に雇われた有能な召使。主従関係の逆転劇を濃密な映像と黒いユーモアで描いた傑作。階級差、侵入者、鏡、階段、関係性の逆転など、ロージー好みのモチーフがこれでもかと凝縮されている。

 ロージー本によると、『エヴァの匂い』をプロデューサーに奪われた痛手から、本作や『できごと』は自己を投影することを控え「守りの姿勢」で臨んだのだという。そうは言いながら、階級社会や権力への反抗を企てる主人公ダーク・ボガードのしたたかさと暗い情熱には、ロージーの抑圧された野心が色濃く反映されているように思われてならない。

 

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『唇からナイフ』(1966年) 

 アントニオーニ作品で知られる憂いの美女モニカ・ヴィッティ主演のスパイ・アクション。人気コミックの映画化で、遊び心に溢れたロージーのハイキャンプな企ての成否は半々くらいか。改めて見直すとかなりユル~い映画で脱力させられる場面も多い。これはこれで充分に楽しいんだけど。

 ロージー本によると、『ジプシーと紳士』のジュールズ・ダッシンと同じように、ヴィッティを監視するため(?)アントニオーニが毎日現場に現れて、あれこれ干渉されたのだという。そのせいかヴィッティはいまひとつ弾け切れていない印象だが、相棒役のテレンス・スタンプ、敵役ダーク・ボガードはノリノリで実に楽しそうだった。

 

 

 

『できごと』(1967年)

 監督ロージー×脚本ハロルド・ピンターの黄金コンビによる、世にも陰湿でいやらしい傑作。オックスフォードの美しい自然風景と、そこで渦巻く人間の欲望が対比される。画面から人物が消えた後もしばらく風景を映し続ける謎のショットが不安を煽り、乾いたクラッシュ音に背筋が凍る。

 主演はロージー作品常連のダーク・ボガード。陰気な存在感には「むっつりスケベ」という昔ながらの表現が相応しい。同僚の大学教授スタンリー・ベイカーの俗物ぶりがリアル。本作はトリアーやハネケらのいかにも嫌がらせめいた不快さとは全く異質な、本物の厭さが全編を覆っていて、知的階級の陰湿さ滑稽さを冷徹にスケッチするロージーとピンター独自の視点が光る。

 

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『パリの灯は遠く』(1976年)

 ナチス占領下のパリで、ユダヤ人狩りに巻き込まれた男の悲劇をサスペンスたっぷりに描く傑作。重いテーマ性はあるが、基本的には「自分と同姓同名の男を捜す」ミステリーであり、探偵映画的な面白さも充分。もう一人のクライン氏を捜してパリの街を歩き回る主人公は、ハードボイルド映画の探偵のようだ。酒場や駅で、もう一人のクライン氏とニアミスを繰り返す描写が鮮やか。

 主演アラン・ドロン。他人と見間違えようの無い堂々たる存在感を放つスターのドロンが、劇中では何度も何度も他人と間違われるという不条理な面白さ。酒場の鏡にふと自らの姿を見て立ち尽くす場面など素晴らしい。

 本作には確信を持って自ら地獄に突き進んでゆくような後戻りの出来ない感覚があって恐ろしい。ラストシーンで見せるドロンの硬直した表情は衝撃的だ。理不尽な暴力に翻弄される主人公の姿には、自ら「赤狩り」で祖国を逃れたロージーの思いが幾分なりとも反映しているだろう。

 

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『ドン・ジョヴァンニ』(1979年)

 某動画サイトに、オペラ映画『ドン・ジョヴァンニ』(1979年)全三幕のうち第一幕がアップされていたのでチェック。中世スペインの放蕩貴族ドン・ジョヴァンニの一代記を、舞台をイタリア、ヴェネツィアに移して映像化した作品。豪華絢爛な音楽と映像にウットリ。屋敷を迷宮のように捉え、縦横に移動するカメラ、得意の高低差を活かした演出も随所に見られる。猟色記録を巻物のように広げて見せる場面など映画ならではの演出だろう。これはいつか最後まで鑑賞したい。願わくば音響の良い映画館で。

 

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 ここまで見たロージー作品は、今回の集中鑑賞を含めて24本。未見の作品はまだまだあって、初期の教育映画、『暴力の街』『大いなる夜』『二つの顔をもつ男』『コンクリート・ジャングル』『人形の家』『南への道』『ドン・ジョヴァンニ』(第二、三幕)、そしてTVシリーズ『First on the Road』・・・。中でも『コンクリート・ジャングル』は絶対傑作に違いないので、何とかしてチェックしたい。中田秀夫によるドキュメンタリー『ジョセフ・ロージー 四つの名を持つ男』も気になるところ。とりあえず、ここまでのところで好きな作品を挙げておきます。

 

 

<ジョセフ・ロージー BEST10> 

 ①エヴァの匂い

 ②パリの灯は遠く

 ③召使

 ④呪われた者たち

 ⑤風景の中の人物

 ⑥夕なぎ

 ⑦非情の時

 ⑧できごと

 ⑨狙われた男

 ⑩秘密の儀式

 

 ロージーはSNSでほとんど名前を見かけることがない。一昨年に集中鑑賞したシドニー・ルメットもそうで、『12人の怒れる男』を例外としてほとんど名前を見ることがない。いわゆるシネフィルの方々からは無視されているようで、オタクを悦ばす要素が希薄なせいかジャンル映画のマニアからも敬遠されているようだ。

 ロージーは蓮實重彦の著書にも登場するしシネフィル好みではないとは思わないけど、恐らく限定的な作品(イギリス時代のピンター脚本作辺り)を除くと見るのが困難というのが理由かもしれない。それとも単に陰気そうなイメージで敬遠されてるのか。(←自分の場合はこれでした)さておき、ここまで鑑賞したどの作品も興味深く、有意義なひと月となった。

 

 

『追放された魂の物語 映画監督ジョセフ・ロージー』

 

 ジョセフ・ロージー特集の続きです。1996年にフランスで出版されたロージーのロング・インタビュー『追放された魂の物語 映画監督ジョセフ・ロージー』(ミシェル・シマン著 中田秀夫、志水賢訳)読む。ロージー自身の証言によって、波乱の人生と作品の軌跡を追う貴重な一冊。

 

 生い立ちから、演劇青年時代、教育映画を経てのハリウッド入り、赤狩りと英国での亡命生活、偽名を使っての映画製作、『エヴァの匂い』『唇からナイフ』『できごと』等の60年代、『暗殺者のメロディ』『人形の家』等の70年代、『ドン・ジョヴァンニ』『鱒』等の80年代・・・。

 各作品の製作背景(プロデューサーとの度重なる確執!)、ベルトルト・ブレヒトやハロルド・ピンターらとの共同作業、俳優たち(ダーク・ボガード、ジャンヌ・モロー、アラン・ドロン、エリザベス・テイラー、チャールズ・ロートン・・・)についてなど、面白い逸話が次々登場。『エヴァの匂い』を最も個人を反映した映画と語っている辺りも興味深い。赤狩りにまつわるエピソードはどれも酷いものだが、晩年のインタビューということもあって、全く予期せぬ出会いをもたらしてくれた出来事だったと前向きに語る一幕も。さすが度重なる逆境を乗り越えて作品を作り続けた男の言葉には重みがあって、ロージーの強靭な精神力と行動力が伝わってくる。偉大な映画監督にもかかわらず、全く偉ぶっていないところが実に良かった。

 

 こんな言葉も。

「誰もが分かっているように、戦争は避けなければならない。いったん始まってしまうと、もうなすべきことは何もなくなるからだ。」

「拒否から始めるのはいいことだと信じている。私が言いたいのは、もし一人ひとりに、「そういうものに従うのは嫌なんだ」と表明する気があるのなら、実りある世の中に変えていける見込みもある、ということなのだ。」

 

 巻末には、実現されなかった作品のリストが掲載されている。中には『WAKE IN FRIGHT(荒野の千鳥足)』『肉体の悪魔』『真昼の決闘』『マドモアゼル』『ひとりぼっちの青春』『火山のもとで』等、他の監督で映画化された作品も多数あり興味深い。『荒野の千鳥足』の脚本は、ロージー作品常連のエヴァン・ジョーンズだ。テッド・コッチェフが監督した『荒野の千鳥足』は相当の怪作だったが、あれをロージーが監督していたら・・・。『召使』のロージーからは想像できないが、『風景の中の人物』を見ると、それもありだったのではないかと思われる。