ジョセフ・ロージー特集の続きです。
『緑色の髪の少年』(1948年)
戦争孤児の孤独と再生を描いたロージーの長編デビュー作。一風変わった児童文学の趣で、戦後の世相や反戦テーマを織り込みつつ、暗闇を怖がったり周囲と違うことに一喜一憂したりする少年の繊細な感情が丁寧に描かれている。久々に再見して、とても良い映画だと感動を新たにした。初見の時も感じたが、本作は少年の話を辛抱強く聴く医師(ロバート・ライアン)、少年を励ますおじさん(パット・オブライエン)、担任教師など、マトモな大人たちの存在にホッとする。
主演ディーン・ストックウェル。ほとんど全編暗い目をしてむっつりと不機嫌そうな顔を浮かべているのが何ともいじらしい。髪の色が変わっていることに気が付いて、鏡の前でおどけて見せる場面のひとり芝居が可愛い。
『不審者』 (1951年)
ロージー長編3作目。ストーカー警官(ヴァン・へフリン)に付きまとわれた人妻(イヴリン・キース)の転落を描くノワール。夜の住宅街での息詰まる心理劇から、終盤では砂漠のゴーストタウンへと舞台が移り、一気に破滅へと雪崩れ込む。
ヴァン・へフリン演じるマッチョ警官の不快なリアルさが凄い。ロージー本によると本作は、当時のアメリカ男性が求めた「金、キャデラック、金髪女」を手に入れるためならその手段は問題ではない、とする誤った価値観についての映画だと。脚本にはダルトン・トランボが参加している(ノンクレジット)。
『エヴァの匂い』(1962年)
ヴェネツィアの美しい街並みを舞台に、謎めいた高級娼婦エヴァ(ジャンヌ・モロー)に翻弄されて、自滅してゆく作家(スタンリー・ベイカー)を描く傑作。ベイカーの視点を通じ、男に媚びず冷徹で退廃的なオーラを放つジャンヌ・モローの魅力を完璧に捉えた記念碑的作品だ。
初見の時は「これぞ究極の悪女映画か」と思ったものだが、改めて見ると、エヴァはノワール映画に登場する戯画化されたいわゆる「悪女」とは違っている。映画は彼女に執着するクズ男の方にフォーカスしている。全編に漂うマゾヒスティックな嗜好、主人公がエヴァにすがって咽び泣く場面、ベルトで鞭うたれる強烈な場面などを見ると、本作をして「自分のすべてを曝け出したもの」とするロージーの発言が実に味わい深い。
現在目にすることのできる『エヴァの匂い』は、ロージーの意に反してプロデューサーのアキム兄弟によって無残にカット、再編集されたものだが、それでもなお観客の心を鷲掴みにする激しい情感、漆黒の宝石のような魔的な魅力は微塵も失われていない。
原作ジェイムズ・ハドリー・チェイス、脚本ヒューゴ・バトラー、エヴァン・ジョーンズ、撮影はアントニオーニやフェリーニ作品を手掛けるジャンニ・ディ・ヴェナンツォ。音楽ミシェル・ルグラン(ロージーはマイルス・デイヴィスを熱望していたという)。ビリー・ホリディの歌が効果的に使用されている。
『召使』(1963年)
監督ロージー×脚本ハロルド・ピンターの初コンビ作。裕福な貴族階級の主人と、彼に雇われた有能な召使。主従関係の逆転劇を濃密な映像と黒いユーモアで描いた傑作。階級差、侵入者、鏡、階段、関係性の逆転など、ロージー好みのモチーフがこれでもかと凝縮されている。
ロージー本によると、『エヴァの匂い』をプロデューサーに奪われた痛手から、本作や『できごと』は自己を投影することを控え「守りの姿勢」で臨んだのだという。そうは言いながら、階級社会や権力への反抗を企てる主人公ダーク・ボガードのしたたかさと暗い情熱には、ロージーの抑圧された野心が色濃く反映されているように思われてならない。
『唇からナイフ』(1966年)
アントニオーニ作品で知られる憂いの美女モニカ・ヴィッティ主演のスパイ・アクション。人気コミックの映画化で、遊び心に溢れたロージーのハイキャンプな企ての成否は半々くらいか。改めて見直すとかなりユル~い映画で脱力させられる場面も多い。これはこれで充分に楽しいんだけど。
ロージー本によると、『ジプシーと紳士』のジュールズ・ダッシンと同じように、ヴィッティを監視するため(?)アントニオーニが毎日現場に現れて、あれこれ干渉されたのだという。そのせいかヴィッティはいまひとつ弾け切れていない印象だが、相棒役のテレンス・スタンプ、敵役ダーク・ボガードはノリノリで実に楽しそうだった。
『できごと』(1967年)
監督ロージー×脚本ハロルド・ピンターの黄金コンビによる、世にも陰湿でいやらしい傑作。オックスフォードの美しい自然風景と、そこで渦巻く人間の欲望が対比される。画面から人物が消えた後もしばらく風景を映し続ける謎のショットが不安を煽り、乾いたクラッシュ音に背筋が凍る。
主演はロージー作品常連のダーク・ボガード。陰気な存在感には「むっつりスケベ」という昔ながらの表現が相応しい。同僚の大学教授スタンリー・ベイカーの俗物ぶりがリアル。本作はトリアーやハネケらのいかにも嫌がらせめいた不快さとは全く異質な、本物の厭さが全編を覆っていて、知的階級の陰湿さ滑稽さを冷徹にスケッチするロージーとピンター独自の視点が光る。
『パリの灯は遠く』(1976年)
ナチス占領下のパリで、ユダヤ人狩りに巻き込まれた男の悲劇をサスペンスたっぷりに描く傑作。重いテーマ性はあるが、基本的には「自分と同姓同名の男を捜す」ミステリーであり、探偵映画的な面白さも充分。もう一人のクライン氏を捜してパリの街を歩き回る主人公は、ハードボイルド映画の探偵のようだ。酒場や駅で、もう一人のクライン氏とニアミスを繰り返す描写が鮮やか。
主演アラン・ドロン。他人と見間違えようの無い堂々たる存在感を放つスターのドロンが、劇中では何度も何度も他人と間違われるという不条理な面白さ。酒場の鏡にふと自らの姿を見て立ち尽くす場面など素晴らしい。
本作には確信を持って自ら地獄に突き進んでゆくような後戻りの出来ない感覚があって恐ろしい。ラストシーンで見せるドロンの硬直した表情は衝撃的だ。理不尽な暴力に翻弄される主人公の姿には、自ら「赤狩り」で祖国を逃れたロージーの思いが幾分なりとも反映しているだろう。
『ドン・ジョヴァンニ』(1979年)
某動画サイトに、オペラ映画『ドン・ジョヴァンニ』(1979年)全三幕のうち第一幕がアップされていたのでチェック。中世スペインの放蕩貴族ドン・ジョヴァンニの一代記を、舞台をイタリア、ヴェネツィアに移して映像化した作品。豪華絢爛な音楽と映像にウットリ。屋敷を迷宮のように捉え、縦横に移動するカメラ、得意の高低差を活かした演出も随所に見られる。猟色記録を巻物のように広げて見せる場面など映画ならではの演出だろう。これはいつか最後まで鑑賞したい。願わくば音響の良い映画館で。
ここまで見たロージー作品は、今回の集中鑑賞を含めて24本。未見の作品はまだまだあって、初期の教育映画、『暴力の街』『大いなる夜』『二つの顔をもつ男』『コンクリート・ジャングル』『人形の家』『南への道』『ドン・ジョヴァンニ』(第二、三幕)、そしてTVシリーズ『First on the Road』・・・。中でも『コンクリート・ジャングル』は絶対傑作に違いないので、何とかしてチェックしたい。中田秀夫によるドキュメンタリー『ジョセフ・ロージー 四つの名を持つ男』も気になるところ。とりあえず、ここまでのところで好きな作品を挙げておきます。
<ジョセフ・ロージー BEST10>
①エヴァの匂い
②パリの灯は遠く
③召使
④呪われた者たち
⑤風景の中の人物
⑥夕なぎ
⑦非情の時
⑧できごと
⑨狙われた男
⑩秘密の儀式
ロージーはSNSでほとんど名前を見かけることがない。一昨年に集中鑑賞したシドニー・ルメットもそうで、『12人の怒れる男』を例外としてほとんど名前を見ることがない。いわゆるシネフィルの方々からは無視されているようで、オタクを悦ばす要素が希薄なせいかジャンル映画のマニアからも敬遠されているようだ。
ロージーは蓮實重彦の著書にも登場するしシネフィル好みではないとは思わないけど、恐らく限定的な作品(イギリス時代のピンター脚本作辺り)を除くと見るのが困難というのが理由かもしれない。それとも単に陰気そうなイメージで敬遠されてるのか。(←自分の場合はこれでした)さておき、ここまで鑑賞したどの作品も興味深く、有意義なひと月となった。