Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『バレエ・メカニック』(津原泰水)

バレエ・メカニック (ハヤカワ文庫JA)

バレエ・メカニック (ハヤカワ文庫JA)


 謎めいたタイトル(バレエ・メカニック=機械の舞踏)、妖しい表紙(四谷シモン作の人形)、そして文庫の帯には筒井康隆柳下毅一郎両氏の推薦文。これはもう読むしかあるまいと津原泰水『バレエ・メカニック』を手に取ってみた。


 造型家木根原の娘・理沙は、9年前に海辺で溺れてから昏睡状態のまま入院を続けている。ある時、東京の街を奇怪な現象が襲う。幻の津波が車を押し流し、七本足の巨大蜘蛛が闊歩し、空には竜が舞う。機械に繋がれたまま延命している理沙の夢想が現出したのだ。街がパニックに陥り交通が麻痺する中、木根原と理沙の主治医・龍神は、馬車に乗って病院へと向かうが・・・。


 混沌としたイメージを紡ぎ出す散文詩のような文章がとても良い。全編に渡って展開する幻想的な描写が見所となっている。異世界ではなくて現実の都市(東京)を舞台にしているのがとても好きだった。奥多摩から都心に至る道行きを、巨大な馬が引く馬車に乗ってゆく辺りの荒唐無稽な面白さ。エロティックな描写(主にゲイ・セックス)、音楽ネタ(特にジョージ・ハリスン!)の織り込み方も心憎い。


 本書は三章に分かれていて、各章ごとに時代が推移し、語り手が変わる。木根原を主人公とした第一章、龍神医師を主人公とした第二章(タイトルは20年代シュルレアリスム映画からとられている)、そして第一部に登場した男娼トキオを主人公とした第三章。章が進むにつれて、次第に幻想文学からサイバーパンクSFへと移行してゆくのには驚かされた。第一章と第三章は一見全く関係ない話のようだが、最後には上手く収束する。人間の寄る辺というのは、結局は他者との繋がりなんだろうか・・・。作者の意図とはズレるかもしれないけれど、ふとそんな事を考えさせるセンチメンタルな幕切れである。


 津原氏の作品を読むのは初めてだが、これは期待以上の面白さであった。人称の変化や背景の設定や人間関係など、どれも説明し過ぎずとてもいい塩梅だなあと思う。再読する度に新しい発見がありそうだ。