Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』(石井隆)


『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』


 監督・脚本/石井隆
 撮影/柳田裕男、寺田緑郎
 音楽/安川午朗
 出演/竹中直人佐藤寛子東風万智子井上晴美宍戸錠大竹しのぶ
 (2010年・127分・日本) 


 石井隆監督『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』。前作『ヌードの夜』から実に17年ぶりとなる続編である。『MAD探偵』が香港版フィルム・ノワールの最新版だとすれば、本作もまた日本版フィルム・ノワールの最新版と言えるであろう。主人公が毒婦によって危険な目に遭うという筋立ては、フィルム・ノワールの王道を往くものだ。しかし石井隆の特異な点は、翻弄される男よりも、男を狂わす毒婦の側に多大な思い入れを持って描いているところだ。


 石井隆といえば「名美と村木」、運命に翻弄される男女のドロドロとした情念の世界で知られている。正直言ってあれにはついて行けないものがあるのだが、彼の作る濃厚な映画的空間、スタイリッシュなアクション演出は素晴らしいと思う。前作『ヌードの夜』(1993年)は情念とアクションが程よいバランスで描かれており、とても好きだった。実は邦画では珍しい探偵映画の秀作でもある。


 主人公は前作と同じ「何でも代行屋」の紅次郎(竹中直人)。前作では宿命の女(余貴美子)との悲恋に泣いた次郎であったが、今回は怪物のような女たち(大竹しのぶ井上晴美佐藤寛子)に翻弄される。


 主演は前作に引き続き竹中直人。彼の演技には最近どうも食傷気味であったが、今回は久々にいいと思った。ヒロインに翻弄されて、土砂降りの中「ああわかんねえ、女はガキでもわかんねえ・・・畜生、アバズレじゃねえか・・・」と呟く場面は泣けたなあ。対する大竹しのぶ井上晴美佐藤寛子の悪女三人組の圧倒的な存在感。事件の鍵を握る宍戸錠の怪演も忘れ難い。この面々のキャラクターがあまりに強烈なので、フラットな役柄の東風万智子はちょっと影が薄かったかも。


 それにしても今回は、これまで以上に映像のテンションが高くて驚かされた。全編に渡り石井ワールドが全開となった特濃作である。スプラッター映画並みの血糊が撒き散らされ、歌舞伎町テイスト満載のエロ描写あり、ほとんど全編夜か土砂降りの雨のじっとりと湿った映像、そして何より運命に絡めとられて堕ちてゆく女たちの美しさ・・・。終盤の樹海の場面などほとんど異世界のような奇怪な映像には度肝を抜かれた。あまりに濃すぎて好き嫌いがハッキリと分かれそうな映画ではあるけれど、個人的にはここまでやってくれたら文句は無い。大いに堪能させてもらった。


 そう言えば、石井隆のプロダクションは「ファム・ファタール」と言うのであったな。