Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

ビリー・ワイルダーミニ特集(その1)

 Amazonプライムビリー・ワイルダーの40年代~50年代作品を発見。この辺は未見の作品が多いのでありがたい。嬉しくなったので、ワイルダーのミニ特集をやることにした。

 

『少佐と少女』(1942年)

 本国ドイツで脚本家として活躍していたワイルダーの監督デビューは『Mauvaise Graine』(1934年)。本作はワイルダーアメリカ映画デビュー作。12歳の少女に変装したジンジャー・ロジャースと、それと知らず接する陸軍少佐レイ・ミランドが繰り広げるコメディ。年齢詐称と変装を繰り返すロジャース、馬鹿正直なミランドが何とも可笑しい。他愛無いと言ってしまえばそれまでだけどアメリカ映画らしい陽性の魅力があって楽しい作品だった。

 ジンジャー・ロジャースといえば30年代にフレッド・アステアと共演した華やかなミュージカル作品のイメージだ。こんな馬鹿演技(喫煙を見咎められそうになって煙草を飲み込む場面は爆笑)を披露していたとは知らなかった。ミランドは後のワイルダー『失われた週末』で見せるアル中演技と別人のような溌剌とした姿。

 

 

 

『熱砂の秘密』(1943年)

 第二次大戦下のアフリカ戦線。ドイツ軍が駐留するホテルに給仕として紛れ込んだイギリス兵(フランチョット・トーン)を描くサスペンス・アクション。喜劇を得意とするワイルダーにしては異色のジャンルだと思われるが、これが驚くほど面白かった。冒頭の死者を乗せて砂漠を彷徨う戦車のイメージ。給仕の靴、卓上の調味料入れ、エジプトの地図、認識票、日傘といった印象的な小道具の数々。空襲下での対決(懐中電灯の灯りのみで展開)など、ワイルダーは初期作品から上手かったことを確認。

 ロンメル将軍を貫禄たっぷりに演じているのはかのエリッヒ・フォン・シュトロハイム。ここから後年の『サンセット大通り』出演に繋がるのか。

 本作はまだ戦時中の作品。連合国側のプロパガンダ臭、ドイツ軍の妙にリアルな感じは当時ならでは(ドイツからの亡命者であるワイルダーならでは)なのかな。

 

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皇帝円舞曲』(1948年)

 ウィーンを訪れたアメリカ人セールスマン(ビング・クロスビー)が皇帝に蓄音機を売り込もうと奮闘するミュージカル・コメディ。というより人気歌手主演の「歌謡映画」という感じかなこれは。(歌は主人公しか歌わない)映画のムードもギャグも実にのんびりしていて、とっても牧歌的な映画だった。クロスビーが山歩きしながら歌うとやまびこが帰って来てコーラスになる場面とか面白かったけど。本作の前後が『失われた週末』『異国の出来事』。ワイルダーにしてこの牧歌的な雰囲気は明らか異質だ。人気歌手主演のファミリー向け企画だったのかな。

 

 

 

異国の出来事』(1948年)

 第二次大戦後、連合軍占領下のベルリンが舞台。在独米軍の風紀を視察に訪れた堅物の女性議員ジーン・アーサー、プレイボーイの米軍大尉ジョン・ランド、その愛人マレーネ・デートリッヒが繰り広げるラブ・コメディ。デートリッヒの歌の見せ場もふんだんに盛り込まれ、ワイルダーの演出が冴えた快テンポの作品。なんだけど、戦後間もない翳りが全編を覆う生々しい作品でもある。闇市、クラブのガサ入れ、デートリッヒが語るドイツ人の暮らし、そして荒廃したベルリンの実景が生々しい。ナチを逃れた亡命者であるワイルダーは本作をどんな気持ちで演出してたんだろうなあ。

 

 

 

『地獄の英雄』(1951年)

 己の野心のためには手段を択ばない新聞記者(カーク・ダグラス)と周囲の葛藤を描くハードな作品。エゴ剥き出しの主人公カーク・ダグラスの圧が強くて、ワイルダー作品らしからぬ刺々しい雰囲気だった。

 落盤事故で生き埋めになった男の救出を、事件を盛り上げるために主人公が引き伸ばす。主人公が書いた記事によって事態が肥大化していく過程が恐ろしい。商魂たくましい妻、暗闇で衰弱していく男、記事を読んだ野次馬が集まってお祭り騒ぎになる描写など強烈だった。

 本作は犯罪映画ではないけれど、主人公の抱えた鬱屈、突然噴出する暴力、悲惨な結末など、これはもうノワールの領域だろう。

 

 

 

(この項つづく)