ピーター・ローレといえば、フリッツ・ラング『M』の殺人鬼役で有名になった個性派俳優。ずんぐりとした体形と子供のような丸顔は一目見たら忘れられない。ナチスを逃れてイギリス、後にハリウッドに渡り、『マルタの鷹』『海底二万哩』等で名脇役として活躍した。未見だが日本人探偵を演じた『ミスター・モト』シリーズも人気だったという。Amazonプライムで出演作を三本鑑賞したので感想を書き記しておきます。
『五本指の野獣』(監督ロバート・フローリー 1946年)
原作は先日読んだW・F・ハーヴィーの怪奇小説『5本指のけだもの』。原作にピアニストの手という設定を追加、大幅な脚色を施している。舞台を老ピアニストの邸宅に限定したことでお話や因果関係は分かりやすくなってるけど、原作の不条理な怖さは薄まっているかな。手の暴れっぷりは「野獣」って程でもなかった。手だけがピアノ弾く場面や指環を探してテーブルを這い回る場面はなかなか良く出来ていた。原作で印象的だった巨大な書庫で手を捕らえる場面がしっかり映像化されてて満足。
ピーター・ローレは我儘な老ピアニストの秘書役。這い回る手を相手に大熱演。一人芝居の何とも言えぬおかし味は『死霊のはらわた』シリーズのブルース・キャンベルを思い出した。
『三階の見知らぬ男』(監督ボリス・イングスター 1940年)
これは再見。64分の中編スリラー。主人公の不注意な言動と疑心暗鬼で事態がおかしな方向に転がっていく。表現主義的に誇張された悪夢描写と殺人鬼ピーター・ローレのねちっこい演技が見どころ。
主人公(殺人事件を追う新聞記者)の空回る言動があまりにもバカっぽい。64分であれよという間にご都合主義的なハッピーエンドに至る展開は、ほとんどコメディのようだった。
撮影は『過去を逃れて』『キャット・ピープル』『らせん階段』等ノワール系の名手ニコラス・ムスラカ。誤認逮捕される気弱なタクシー運転手役は名脇役エリシャ・クック・JR。晩年ヴェンダースの『ハメット』にゲスト出演した時も運転手役だったような。
『暗殺者の家』(監督アルフレッド・ヒッチコック 1934年)
ヒッチコックのイギリス時代の作品で、後の『知りすぎていた男』は本作のセルフリメイクとなる。スキー、クレイ射撃、社交ダンス、教会での椅子の投げ合いなど動きのある見せ場と小道具の巧みな活用で画面を活気付けるヒッチの名人芸を堪能。初期から上手い監督だった事がよく分かる。
演奏会で要人暗殺を阻止する見せ場の後、暗殺者一味と警官隊の銃撃戦が展開。死屍累々の見せ場が緊張感を欠いた間伸びしたタッチで描かれていて、これが妙に生々しい手触りで面白い。暗い情動と死を描く時、生き生きと輝くヒッチコック匠の技だ。イギリス時代の作品ももっとチェックしなければ。
ピーター・ローレはくわえ煙草で暗殺団の首領を怪演。死に様も格好良くて痺れる。オリジナル・ポスターのメインビジュアルはピーター・ローレだった。