Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『a tribute to Tetsuroh Kashibuchi 〜ハバロフスクを訪ねて』


 2013年12月に他界したムーンライダーズのドラマー、かしぶち哲郎さんのトリビュートアルバム『a tribute to Tetsuroh Kashibuchi 〜ハバロフスクを訪ねて』を聴きました。リリースは昨年12月17日(かしぶちさんの一周忌にあたる日です)。紹介記事を読むと、トリビュートアルバムの企画はかしぶちさんの生前からあったそうで、もともと追悼盤を意図したものではなかったようです。


収録曲は、

 DISC1
 M1. 「リラのホテル」(矢野顕子
 M2. 「砂丘」(山本精一
 M3. 「ハバロフスクを訪ねて」(細野晴臣
 M4. 「オールド・レディー」(豊田道倫
 M5. 「トラベシア」(佐藤奈々子
 M6. 「バック・シート」(入江陽)
 M7. 「スカーレットの誓い」(アーバンギャルド
 M8. 「O.K.パ・ド・ドゥ」(佐藤優介/カメラ=万年筆)
 M9. 「冬のバラ」(鈴木さえ子+tomisiro)
 DISC2
 M1. 「Listen to me,Now!」(Gofishトリオと柴田聡子)
 M2. 「春の庭」(あがた森魚
 M3. 「さなぎ」(北村早樹子)
 M4. 「バラは嫌い」(寺尾紗穂 with 松井一平)
 M5. 「花のイマージュ」(テンテンコ)
 M6. 「プラトーの日々」(松尾清憲
 M7. 「さすらう青春」(スカート)
 M8. 「永遠のエントランス」(ピエール・バルー
 M9. 「Lily」(ムーンライダーズ


 矢野顕子あがた森魚細野晴臣ムーンライダーズに縁の深いベテランから、アーバンギャルド、スカート、北村早樹子ら若手まで幅広いメンバーが参加しています。ムーンライダーズの曲、ソロ曲の他に、アイドルへの提供曲など、数あるかしぶちさんの楽曲の中からセレクトされた名曲の数々がカバーされています。


 昨年暮れに購入していたのですが、どうしても聴く勇気が出なくてしばらく封も切らずに置いていました。ようやく聴いてみたのですが、正直言って、これは・・・辛いアルバムでした・・・。出来が悪いとかそんなことではなく(まさか!)、参加メンバーのかしぶちさんへの思い入れが伝わってくるだけに、辛過ぎて冷静に聴いていられませんでした・・・。


 1曲目からしてもう。矢野顕子さんが沈んだ(凄みのある)トーンで歌う「リラのホテル」。最後の「さよなら」が重過ぎて、思わずCDを止めてしまいました。次の「砂丘」から5曲目の「トラベシア」まで、は全部あの世に片足突っ込んでいるような沈んだトーンで、聴いていていたたまれなくなりました。つぶやくように歌う細野さんもいつもと違う声のように聴こえます。あがたさんの「春の庭」もなあ・・・。曲はもちろん素晴らしいし、皆さんのかしぶちさんへの思いが伝わる真摯なカバーなのですが、正直言って辛いものがありました。


 「O.K.パ・ド・ドゥ」や「スカーレットの誓い」など、若手ミュージシャンのカバーは軽やかさがあってホッとします。後期の名曲「さすらう青春」のカバーも嬉しいところ。また、「冬のバラ」や「Listen to me,Now!」など、かしぶちソングは女性ヴォーカルと相性が良いのだよなあと改めて思いました。仙台のライヴで共演してた吉田慶子さんにも1曲歌って欲しかったなあ。岡田有希子への提供曲「花のイマージュ」は元アイドルグループBiSのテンテンコによるカバー。いかにも80年代アイドルソングっぽいアレンジにすっとんきょうな(失礼)ヴォーカルで、本アルバムの中で浮きまくっています。アルバム全体の雰囲気を思えば思いっきり場違いな感じもしますが、これはこれで何となくホッとしました。


 個人的に最も気に入ったのは、松尾清憲さんによる「プラトーの日々」です。かしぶちさんの曲には抒情的な路線の他に、熱血路線といいますか、ロック魂を感じさせる硬派な曲があります。そんな名曲のひとつであり、ライダーズのライヴでも聴いた覚えの無い「プラトーの日々」採り上げてくれたのには感激しました。松尾版「プラトーの日々」はオリジナルとはまた違ったロマンティックな雰囲気を醸し出してとても魅力的です。


 ピエール・バルーによる別れの言葉(「永遠のエントランス」)を挟んで、アルバムの最後に収録されたのはムーンライダーズ名義の新曲「Lily」。生前にかしぶちさんが新曲として制作を望んでいた未発表曲を、メンバーがレコーディングして仕上げたナンバーとのこと。切々とした美しい曲で、かしぶちさんの味わい深い仮歌が入っています。ドラムを担当するのはかしぶちさんの長男・橿渕太久磨氏。ライダーズ本のどれかのインタビューで、かいぶちさんは「ムーンライダーズをプロデュースしてみたい」と語っていました。もしもかしぶちさんがトータル・プロデュースしたら、アルバム一枚に渡ってこんなロマンティックな世界が展開したのかもしれません。


 個人的には、このアルバムを全編に渡って冷静に聴き通すのはまだしばらくかかりそうです。それはそれとして、こういうアルバムを出してくれただけでも感謝感謝です。