Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

リチャード・ブローティガン再訪(その1)

 

 『カフカ断片集』を鞄に入れて持ち歩いて、通勤電車の中で読んでいた。短いセンテンスと刺激的なフレーズの連続に想像を膨らませていると、辛い通勤時間もあっという間だった。他にもあんな風に読める本は無いかなと考えて思い出したのが、リチャード・ブローティガン。詩というか日記というか妄想というか奇妙な散文であったなと。という訳で、学生時代に読んで以来久しぶりにブローティガンの本を手に取ってみた。

 

 

『東京日記 リチャード・ブローティガン詩集』(1978年)

 1976年、東京を訪れたブローティガンが記した、詩のような、日記のような言葉たち。全編に孤独が滲む味わい深い文章だった。訳は詩人の福間健二

 バーで感じる孤独について書かれた一節が印象深い。孤独なのは言葉が通じないからだけではないと。

「ぼくはまたひとりぼっち ぼくは前にもここにいた 

 日本でも、アメリカでも、すべての場面で 

 人が何について話しているのか 理解できないときはいつも」

 

 オーソン・ウェルズが出演したニッカ・ウィスキーのCMを見て、そのCMを演出する夢を見た話も面白い。また「日本の退廃的な恐怖映画」を見る話もあって、ブローティガンの文章や公開時期から思うに田中登のロマンポルノ『江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者』だと思うが如何なものか。

 

 

 

東京モンタナ急行』(1980年)

 ブローティガンの東京訪問記とアメリカでのエピソードが短い章立てで交互に描かれる。死刑囚監房の献立表について書かれた『献立表/1964年』が印象的だった。

 東京を訪れたブローティガンは、旅のお供にグルーチョ・マルクスの評伝『Hello, I Must Be Going』(著者は『ビリー・ワイルダー 生涯と作品』のシャーロット・チャンドラー)を持参して読んでいた。他にもローレル&ハーディ、アボットコステロが登場するなど、ブローティガンは往年の喜劇映画ファンだったのだな。

 

「芸術の熱情に比べたら、人間同士の愛なんて、北極点の付近に転がっている冷蔵庫の残骸よろしく、氷みたいなものじゃないか。」

「(京都の苔寺について)苔たちは完璧に純粋なので、さながら、たましいに向かって「進め」と伝える緑の交通信号のように、輝きを放っている。」

 

 

 

『西瓜糖の日々』(1968年)

 楽しくて残酷なブローティガンファンタジー小説。西瓜の成分で出来上がった集落、村人たちの奇妙な生活、お喋りな人喰い虎。読後の印象は、コミューン幻想を回顧したお話なのかなと。しかし解説で柴田元幸さんが書かれている通り、本書が執筆されたのはヒッピー時代以前の1964年なのだった。終盤の惨劇はかなりのインパクトで、然るに共同体幻想の終末を予言した書なのか。

 

 

 

『ホークライン家の怪物』(1974年)

 凄腕の殺し屋二人組が地下に棲む謎の怪物退治に挑む「ゴシック・ウェスタン」。ブローティガンはこんな娯楽路線の小説も書いてたんだな。散文スタイルが西部のホラ話的内容にマッチ。オフビートなノリとまさかのSF展開を大いに楽しんだ。訳者あとがきに映画化の企画があったことが書かれていた。これは今でもアリだろう。コーエン兄弟あたりでどうかな。

 

 

 

ハンバーガー殺人事件』(1982年)

 ブローティガンの生前最後に発表された小説。主人公の少年には様々な形で死の影がまとわりついている。やがて銃の誤射で友人を死なせてしまった主人公は、中年になってもなお「あの時猟銃の弾じゃなくてハンバーガーを買っていたら・・・」と後悔し続ける。風に飛ばされる塵のように名もない人々の記憶。

 それにしても原題So the Wind Won't Blow It All Awayが何でこんな珍妙な邦題になってしまったんだろう。

 

 

 

『愛のゆくえ』(1971年)

 最も普通小説の体裁が整った読みやすい一冊。なんだけど、上手く消化しきれないというか、これは学生時代に読んだ時全く理解出来てなかっただろうと思った。

 前半は人々が一番大切な思いを綴った本を保管するためだけにある不思議な図書館が舞台。図書館に住みこみで働き、3年も外へ出ていない孤独な男。完璧すぎる容姿に違和感を抱えて生きる美女。図書館に収納しきれない本を保管する洞窟に住む呑んだくれの管理人。図書館に自作の本を持ち込む個性豊かな人々。前半部分は羊男でも出てきそうな雰囲気で、会話のリズム、初ベッドインの丁寧な描写、女性の容姿に関する詳細な言及など、村上春樹ブローティガンの影響を受けていることが良く分かった。図書館に持ち込まれた様々な本の紹介が楽しい。楽屋落ち的にブローティガン自身も登場。

 後半は彼女の妊娠をきっかけに図書館を出た2人の旅が描かれる。久しぶりに外へ出た主人公が世界を再発見する様子、彼女の美貌が巻き起こす騒動がユーモアを交えて描かれる。しかし旅の目的は彼女の妊娠中絶(本書の原題The Abortion)であり、明るく楽しいものではない。旅を終えて帰宅すると、もう図書館に2人の居場所は無い。

 図書館を出て新しい生活を始めた主人公は彼女の部屋でビートルズの『ラバー・ソウル』を聴く。彼女はまずこれを聴かせたかったと言う。本書は1966年の物語なので熱狂のさ中にあったはずだが、ずっと引きこもっていた主人公はビートルズを聴いた事がないのだった。

 

 

 今回図書館から借りたブローティガンは全て痕跡本だった。犯人は多分同じ人物だろう。気に入った章をチェックしたのか目次に丸印が付けてあったり、ラインが引かれてたり、ミスプリントを訂正してたり、英訳してみたり。図書館の本に何やってんだと思うけど、ブローティガンの余白が多い文体と落書きが妙にマッチしていて、そんなに嫌な感じはしなかった。

 

(この項続く)