Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

読書記録

 最近読んだ本で、まだブログに書いていなかったものをまとめて書き記しておきます。

 

『時ありて』(イアン・マクドナルド) 2018年

 イギリスのSF作家イアン・マクドナルドの長編小説。以前読んだ『サイバラバード・デイズ』はサイバーとインドのエキゾチックな風景と宗教的な世界観が上手くミックスされた面白い短編集で印象に残っている。本作はそれとは全く毛色が違った作品だった。古書店で見つけた古い詩集に挟まれていた一通の手紙。いわゆる「痕跡本」をきっかけに、戦争と歴史の狭間を旅する時間旅行者の姿が浮かび上がる。これは恐ろしく洗練された時間SFであり、男と男のラブストーリーでもある。

 

 

 

『センター18』(ウィリアム・ピーター・ブラッティ) 1978年

 『エクソシスト』の作者として知られるブラッティの長編小説。自らの監督作『トゥインクル・トゥインクル・キラー・カーン』の原作。ベトナム帰還兵を集めた精神病棟を舞台に、新任の精神科医ケインの秘密、医師と患者たちの間で延々と続く奇妙な問答が描かれる。本作にSF的な仕掛けを施して深化させたのが山野浩一『花と機械とゲシタルト』と言えるかもしれない。 

 

 

 

『無限地帯 From Shirley Temple to Shaolin Temple』(宇田川幸洋) 2002年

 映画雑誌やパンフレットでお馴染みの映画評論家・宇田川幸洋先生の評論集。娯楽映画と言う以外ジャンルの垣根なしの文章は一冊に纏まると壮観だ。とにかく楽しい、映画を見たい、映画をこんな風に語りたいと思わせる素晴らしい一冊。文体も全然偉そうじゃなくて、映画好きの大先輩と語らっているようなリラックスした楽しさがある。

 

 

 

『世界の終わりの物語』 (パトリシア・ハイスミス) 1987年

 厭ミスの女王ハイスミス最後の短編集。解説にも書かれていた通り、明らかに一線を踏み越えてしまった過剰な作品がずらりと並んでいて、全方位に向けられた悪意に背筋が凍った。他のハイスミス作品に比べ、文章には熱に浮かされたようなドライブ感がある。高級マンションが大量発生したゴキに蹂躙される『〈翡翠の塔〉始末記』。長寿の老婆を描く『見えない最期』は実にハイスミスらしい怖さ。最後は『バック・ジョーンズ大統領の愛国心』(ハイスミス版『博士の異常な愛情』)で世界が終わってしまう。他にも病院の廃棄物から育った巨大キノコとか、政府が秘密裏にスタジアムの地下に作った核廃棄物処理場とか、アフリカの独裁国家で繰り広げられる狂乱とか、一体この強烈な悪意の源は何だろうと思う。

 

 

 

『街とその不確かな壁』(村上春樹) 2022年

 昨年12月に出版された村上春樹の最新作。高い壁に囲まれた時間のない街。田舎町の図書館。薪ストーブ。イエロー・サブマリン。手描きの地図。静謐な小説世界でとても好みだった。個人的に映画館の次に愛する場所である図書館が主要な舞台なので、それだけで嬉しかった。村上春樹の筆致はいつもより抑制が効いていたように思う。お馴染みの「絶対悪」的存在は出てこないし、何しろ性描写が無い。10代の頃の恋愛を延々と引きずる主人公ってどうなのと思うが、もちろんそこには作者も自覚的で、中年になっての逡巡もきちんと描かれている。

 

 

 

『ふしぎな図書館』(村上春樹) 2005年 

 こんなの出てたっけと思って手に取ってみたら、旧作『図書館奇譚』の絵本版なのだった。『街とその不確かな壁』同様、図書館が何か特別な(どちらかと言えば不穏なものを孕んだ)迷宮のような場所として描かれていて面白い。