Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

読書記録

 最近読んだ本で、まだブログに書いていなかったものをまとめて書き記しておきます。

 

『ティンカーズ』(ポール・ハーディング)

 主人公は死を目前にした時計の修理工の老人。病床に横たわる彼のとりとめのない意識の流れ、家族の記憶、そして時計修理の手引き書の引用が織りなす詩的な作品。自分は死ぬ時こんな風に「さようなら」を言えるかな。頭の中でだけでも。

 

 

 

『魔法があるなら』(アレックス・シアラー)

 娘に絶対面白いから必ず読めと薦められた児童文学。住居を追われたシングルマザーと2人の娘が、名門デパートに忍び込んで寝泊まりするお話。確かに面白い。警察の取調べ室から始まるなど、TV脚本家出身というシアラーの語り口も見事。夜のデパートの様子、宿泊のディテール、後半の急展開とハッピーエンド。正に万全のエンタメぶり。なんだけど、背景にある貧困家庭の問題は意外にシビアで、ショーン・ベイカーの『フロリダ・プロジェクト』を思い出してしまった。母親のどこか呑気な感じ、子供たちの聡明さも共通している。辛い。

 

 

 

『E/Mブックス vol.9  60年代アメリカ映画』(編・遠山純生上島春彦2001年)

 本書で採り上げられているのは、自分が最も興味を持っている時代の作品群。なので、もう隅から隅まで面白い。これらを全て味わい尽くすまで映画鑑賞は止められないなと思う。巻末に紹介されているポール・バーテルの『秘密の映画』見たいなー。後に出版された上島さんの『レッドパージ・ハリウッド』、遠山さんの『アメリカ映画史再構築』という名著は本書の考察を発展させたのだなと思いとても興味深い。

 

 

 

『方形の円 (偽説・都市生成論)』 (ギョルゲ・ササルマン)

 ルーマニアのSFで、歴史や神話のパロディが凝縮された架空の都市カタログ。中では『モーター市』『宇宙市』辺りが好み。登山家が山頂の都市で偉大な探検家たちとダンスを踊り、やがて鳥となって飛び立つ『山塞市』の高揚感は素晴らしい。本書は当局から体制批判と判断されて検閲の対象となり、1975年の初版は大幅に削除され、本国で完全版が出版されたのは2001年になってからだという。本作で描かれた都市はほとんどが不幸な末路を辿るが、それをして体制批判と受け止め削除する愚かさよ。

 

 

 

わたしたちが孤児だったころ』(カズオ・イシグロ

 初イシグロ。謎の失踪を遂げた両親を探し求めて、探偵は戦火の上海に舞い戻る。意外や本格ミステリーであり、死屍累々の冒険譚であった。イギリスと日本というイシグロの私的要素、記憶についての執拗な検証、主人公を捕らえた正義を成し世界を救うのだというオブセッション、頻出する孤児のイメージ。主人公クリストファーは探偵になったが、同じような思考を経て著者は作家になったのかなとも読める。興味深い一冊だった。

 

 

 

『警官ギャング』(ドナルド・E・ウェストレイク

 単調な生活に飽きた中年警官2人が仕掛けた犯罪計画。ウォール街から債券を強奪する顛末、マフィアを向こうに回してのクライマックスともに意表をつく展開の連続で面白い。70年代初頭のNY界隈の雰囲気、警官の日常が詳細に描かれていおり、お得意のユーモア・ミステリともリチャード・スターク名義のハード路線とも違うリアルな手触りだ。章毎に複数の視点で描き分ける語り口も凝ってる。さすがウェストレイク。これ映画版も見てみたいなー。ウェストレイクが脚本も担当してるはず。映画版の監督アラム・アヴァキアンって『真夏の夜のジャズ』に共同監督、編集にクレジットされてるがどういう人なんだろう。