Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『彼岸花』(小津安二郎)

彼岸花 [DVD]

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彼岸花


 監督/小津安二郎
 脚本/野田高梧小津安二郎
 撮影/厚田雄春
 音楽/斎藤高順
 出演/佐分利信田中絹代有馬稲子浪花千栄子山本富士子
  (1958年・118分・日本)


 小津安二郎監督彼岸花見る。


 平山(佐分利信)は、娘・節子(有馬稲子)の縁談に思いをめぐらしていたが、ある日谷口(佐田啓二)という若者が会社を訪れ、節子との結婚を認めてほしいと告げる。突然の話に怒った平山は大反対。妻・清子(田中絹代)が間に入って上手く取り成そうとするが、平山はますます頑なになるばかりだった・・・。


 『彼岸花』の主人公は、娘の結婚に対して柔軟に対応出来ない。不安や戸惑いの裏返しで怒りまくり、ひたすら結婚に反対するしかない頑固な父親だ。佐分利信の存在感もあり、父親の気持ちってこんな感じなんだろうなあと手に取るように伝わってくるのが面白かった。Amazonの紹介を見たら「友人の娘の縁談には理解を示すが、自分の娘には人が変わったように反対する父親を中心に描いたドラマ作品」とミもフタもない感じに要約されていて笑った。


 小津作品常連の笠智衆は脇役。娘(久我美子)が家出してピアニストと同棲中、しかも銀座のスナックで働いているらしいという設定。そんな娘とどう接していいか分からず、旧友の佐分利信に相談に来る姿は弱々しくて気の毒な感じ。同窓会の場面ではほろ酔いで詩吟をする見せ場もあり、脇役とは言っても印象に残る役柄であった。俳優で言うならば、『彼岸花』は女優陣がとても良い。妻役の田中絹代(ラジオを聴いている場面がいい)、娘役の有馬稲子(すぐ泣き出す)、そして京都に住む母娘を演じた浪花千栄子山本富士子のコンビ。特に浪花千栄子の妙演には笑わせてもらった。


 今年は、今まで敬遠していた小津作品を続けて見ている。大抵は娘の結婚を巡る家族のいざこざと和解のお話で、粗筋だけ見るとどれも似たりよったりだ。ところが作品ごとに違った工夫が凝らされていて、ワンパターンという印象を受けることがない。小津映画の世界では、原節子笠智衆ら常連俳優が同じような役柄で出演するのに加え、佐分利信中村伸郎、北竜二が必ず旧友として登場したり、小料理屋の女将がいつも同じ女優さん(高橋とよ)だったり、何本か続けて見ると何やらSFで言うところの「パラレル・ワールド」みたいで面白い。構図から台詞回しまできっちり統一された演出、パソコンも携帯も無い妙に整然とした昭和の風景もまたSF的だなあと思ったりする。


 学生時代に先輩の撮った自主映画に出演させてもらったことがあった。その作品の主人公は「平山」、自分が演じたのは「河合」という役名だった。『彼岸花』では主人公が平山(佐分利信)、その友人が河合(中村伸郎)。そうか、小津だったのね、と24年後の今になって思い当たったのであった。