Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『秋刀魚の味』(小津安二郎)

秋刀魚の味 [DVD]

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秋刀魚の味


 監督/小津安二郎
 脚本/野田高梧小津安二郎
 音楽/斎藤高順
 撮影/厚田雄春
 出演/岩下志麻笠智衆佐田啓二岡田茉莉子
  (1962年・113分・日本)


 初めて見た小津作品は、TV放映された秋刀魚の味であった。当時高校生だった自分には、娘を嫁に出す出さないなんてお話に興味が持てる訳も無く、画面構成や台詞回しの異様さばかりが気になって仕方がなかった。これがいわゆる「小津調」で、遺作となった『秋刀魚の味』はそのスタイルの到達点なのである、なんて事を知ったのは大分後になってからであった。『秋刀魚の味』がBSで放映されたので、20数年ぶりに見直してみた。(それにしても『秋刀魚の味』ってタイトルはどういう意味なんだろう)


 初老のサラリーマン・平山(笠智衆)は男やもめで、婚期を迎えた娘・路子(岩下志麻)と暮らしている。旧友から縁談話を持ち掛けられるが、路子は受け入れようとしなかった。同窓会の帰りに恩師(東野英治郎)と婚期を逃した娘(杉村春子)の姿を見た平山は、娘の縁談を真剣に考え始めるが・・・。


 妻に先立たれ、娘を嫁に出すことになった主人公・平山(笠智衆)。心優しい戦中派のこの男は、戦争は終わり、仕事も間もなく定年、妻も娘も居なくなり、これから何を目的に生きていけばいいのだろう、という深い孤独感が漂っている。笠智衆の名演に加え、小津特有のがらんとした風景ショットが執拗に挿入されて孤独感を強調する。劇中の台詞に曰く「結局、人生ひとりぼっち」・・・って、まだ末っ子がいるだろう、もうひと頑張りしなくちゃ駄目だよ平山さん、と励ましたくなる。


 もう一人、平山の恩師・佐久間(東野英治郎)もまた見ていていたたまれないキャラクターだった。何があったのか分からないが教師を辞めて(酒で問題でもおこしたのか?)、婚期を逃した娘(杉村春子)と寂れたラーメン屋を営んでいる。どうやら酒に飲まれるタイプのようで、劇中何度も酔い潰れている。教え子たちに対しても卑屈なくらい低姿勢なのが痛々しい。


 小津監督自身何か思い入れるところがあったのか、この2人の人物像が際立っている。一方で、周囲の人物像は過去の小津作品に比べるといまひとつ精細を欠くように思った。海軍時代の仲間加東大介やバーのマダム岸田今日子など印象的な役柄もあるけれど。こうして改めて見直してみると、平山と佐久間の人物像に映画全体のトーンが支配されてしまったような何とも寂寥感の漂う映画であった。


 俳優では常連の佐田啓二杉村春子らに混じって、吉田輝雄が出ていた。吉田輝雄といえば、何と言っても石井輝男作品の良心とでも言うべき存在。さすがに小津作品ではギラギラした存在感を放つことはなく、お行儀良く脇役に納まっていた。とんかつやビールを追加注文する図々しさは見せていたが。


 あと印象的だったのは、やけに飲酒の場面が多いこと。同窓会、小料理屋、バー、旧友の家で・・・。映画の半分くらいは酒を飲むシーンだったような気がする。最近飲酒を控えている事もあり、見ていて飲みたくなって参った。元水戸黄門こと東野英治郎の泥酔演技、笠智衆の千鳥足は素晴らしい。


 笠智衆と、旧友の北竜二・中村伸郎が小料理屋で酒を飲む。小料理屋の女将はまたしても高橋とよ。同窓会に出る。娘の縁談話で揉める・・・。そう言えば役名はまた平山と河合か。先にも書いたけれど、これはパラレル・ワールドだよもう。同窓会に佐分利信が居ないのが不思議なくらいであった。