Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『鳥 ― デュ・モーリア傑作集』(ダフネ・デュ・モーリア)

鳥―デュ・モーリア傑作集 (創元推理文庫)

鳥―デュ・モーリア傑作集 (創元推理文庫)


 ダフネ・デュ・モーリアの短編集『鳥 ― デュ・モーリア傑作集』創元推理文庫)読む。デュ・モーリアは『巌窟の野獣』『レベッカ』『鳥』といったアルフレッド・ヒッチコック作品の原作者として知られる女性作家。個人的には、ニコラス・ローグの『赤い影』の原作者として興味を持っていた。『鳥 ― デュ・モーリア傑作集』には、表題作『鳥』をはじめ、バラエティに富んだ短編8篇が収録されている。


 戦争帰りの純真な男が映画館の案内嬢に寄せる純愛の顛末を描く『恋人』。深夜見知らぬ町へのバスでの移動、そして小雨降る墓場でデートというイメージが強烈なサイコ・スリラー。


 ある日突然、鳥たちが人間を襲いだした・・・。ヒッチコックの映画化で知られるホラー『鳥』。田舎の農場に立てこもる一家を描きながら、世界的なパニックの広がりを想像させる描写が凄い。人物描写にも自然描写にも、もちろん鳥の描写にもリアリティがある。


 リゾート地で退屈な休暇にうんざりしていた侯爵夫人が、足に障害のある写真家との情事にハマって破滅してゆく『写真家』。パトリシア・ハイスミスを思わせる心理サスペンスで、残酷な結末もまたハイスミスっぽい。


 モンテ・ヴェリタという山の頂にある僧院に妻を奪われた男とその親友の葛藤を描くファンタジー風味の『モンテ・ヴェリタ』。個人的には本作が短編集のハイライトであると思う。映像的なイメージも、切ない情感も素晴らしい。


 陰気な妻が死に、自由になったと喜ぶ中年男を庭の古い林檎の木が脅かす『林檎の木』。これまたハイスミスを思わせる陰気で不快な怪談話。


 辺境の海辺で暮らす変わり者の夫婦が息子を虐待する。それを目撃した主人公は・・・。オチが鮮やかな『番(つがい)』。この終わり方(イメージの飛翔)には度肝を抜かれた。


 ある日散歩から帰った主人公の家には見知らぬ人たちが住みついていた。警察も隣人も主人公の存在を認めようとしない『裂けた時間』。リチャード・マシスン安部公房を思わせる不条理テイストのサスペンス。


 出産を間近に控えながら拳銃自殺した女性の過去を探偵が追う『動機』。本書で唯一本格ミステリーの体裁をとった作品で、運命の皮肉さを描く。語り手となる探偵(名前はブラックという)が良い。


 サイコスリラー、ホラー、ファンタジー、ミステリー、等々ジャンルは見事にバラバラだが、不安に怯える人々の心理を巧みに描いて読み応えがあった。『恋人』『林檎の木』『モンテ・ヴェリタ』等は主人公が男性で、男性心理を的確に描いているのも興味深かった。


 解説によると、ニコラス・ローグの『赤い影』は原作(短編『今見てはだめ』)にほぼ忠実な映像化なのだという。『今見てはだめ』を収めた短編集『真夜中すぎでなく』は絶版で、現在入手困難な状態だという。これもいつか読んでみたいと思う。


 下はデュ・モーリアの肖像写真。こんなルックスで『レベッカ』や『鳥』、本書収録の『モンテ・ヴェリタ』など執筆しているというのは・・・。パトリシア・ハイスミス同様に、同性愛者であったとの記述も目にした。ううむ、リアル・ゴスだ・・・。