Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『世界の全ての記憶』(アラン・レネ)


『世界の全ての記憶』 TOUTE LA MEMOIRE DU MONDE


 監督/アラン・レネ
 脚本/レモ・フォルラーニ
 撮影/ギスラン・クロケ
 音楽/モーリス・ジャール
 ナレーション/ジャック・デュメニエル
 (1956年・22分・フランス)


 『二十四時間の情事』『去年マリエンバートで』等で知られるアラン・レネ初期の短編ドキュメンタリー集見る。収録作品は、ゴッホの絵でその生涯を辿る『ヴァン・ゴッホ』(1949年・19分)、ピカソの名画で戦争の悲劇を描く『ゲルニカ』(1949年・13分)、ゴーギャンの絵でその生涯を辿る『ゴーギャン』(1949年・13分)、フランス国立図書館の内部を描く『世界の全ての記憶』(1956年・22分)、プラスチックの成り立ちを辿る『スチレンの詩』(1958年・14分)、の全5編。


 芸術家の生涯をその絵画を通して辿る『ヴァン・ゴッホ』『ゴーギャン』、ピカソの絵画で戦争を描く『ゲルニカ』はモノクロ作品。色彩が禁じられた代わりに、モノクロ撮影で油絵具の陰影が強調され、描線の力強さが伝わってくるのが面白い。『スチレンの詩』は一転して鮮やかなカラー撮影。物質(プラスチック)の成り立ちを解説するドキュメンタリーで、妙に思わせぶりな声で「プラスチックよ、どこから来た、何者だ、特性は何だ」などという語りが入って思わず笑ってしまった。ナレーションのピエール・デュクスは演劇界の名優だという。


 5編の中で一番印象的だったのは、フランスの国立図書館を描いた『世界の全ての記憶』であった。図書館には16世紀以降の文献がすべて所蔵されているという。16世紀から現代に至る膨大な書物が内包した時間の厚みをして「世界の全ての記憶」と呼ぶのだろう。カメラは、図書館の各所を丹念に紹介してゆく。時代は不明だがかなり古そうな書物が置かれた暗い書庫。書物を守る要塞のごとくそびえ立つ図書館の外観。雑誌、地図、といった各部署の様子。また、図書館に届いた一冊の書物が様々な部署の職員の手を経て、無事書架に納まるまでを映し出す。「世界の全ての記憶」の一部として保管される書物の運命みたいなものが印象付けられる。何らドラマティックな事件など起こらないが、図書館の各所をカメラが縦横に移動し、『アラビアのロレンス』等で知られるモーリス・ジャールの音楽が高鳴ると、まるでサスペンス映画のクライマックスでも見ているかのような興奮があった。


 図書館内を浮遊するような移動撮影、詩的なナレーションなど、ヴェンダーズの『ベルリン/天使の詩』の図書館の場面は本作からインスピレーションを得たのかもしれないなあ。『ベルリン』においてはドイツの記憶が集約された場所として図書館が描かれていたのを思い出す。