Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『サリヴァンの旅』(プレストン・スタージェス)

サリヴァンの旅 [DVD]

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サリヴァンの旅』 Sullivan's Travels


 監督・脚本/プレストン・スタージェス
 撮影/ジョン・サイツ
 音楽/レオ・シューケン、チャールズ・ブラッドショウ、ジグムンド・クラムゴールド
 出演/ジョエル・マクリー、ヴェロニカ・レイク、ロバート・ワーウィック、ウィリアム・デマレスト
 (1941年・90分・アメリカ)


 ハリウッドの売れっ子監督サリヴァン(ジョエル・マクリー)は、不況下の社会でお気楽なコメディ映画など意味が無いと悩み、社会派監督への転身を考えていた。サリヴァン貧困層を取材しようと、浮浪者の扮装で放浪の旅に出る。旅の途中で、女優になる夢を諦めハリウッドを去ろうとしていた美女(ヴェロニカ・レイク)と出会うが・・・。


 戦前の映画である。もっとのどかなものを想像していたら、予想と違ってずいぶん過剰なタッチの映画であった。始まりはスピーディーなスラップスティック調。主人公サリヴァンが乗った車(運転しているのは子ども!)を映画会社の面々がワゴンで追跡する派手なカーチェイスが展開して驚かせる。ところが、サリヴァンがヒロインと出会ってからは、男女の掛け合いが楽しい王道のロマンティック・コメディへと変貌。主人公たちが本腰を入れて放浪者生活に臨む後半は、がらりとタッチが変わりシリアスなドキュメンタリー調の演出に変貌し、ホーボーの悲惨な生活を描き出す。主人公が暴漢に襲われる辺りは犯罪映画のタッチ(かなり残酷な場面も)。主人公が囚人に落ちぶれてから映画監督として復帰するまでの終盤は、いかにもハリウッド的な波乱万丈の展開を見せる。かように、1本の映画の中で何度も転調を繰り返すのだ。「スクリューボール・コメディ」とはよく言ったもので、過激な乱調ぶりに戸惑いつつも、これはこれで面白かった。


 映画のメインテーマは、スタージェス監督のコメディ映画に対する決意表明みたいなものである。主人公は紆余曲折を経て、「笑い」の大切さを認識する。普通のロマンティック・コメディならば、再会した男女が抱き合って終わるところだろう。ところが本作では「笑いを最も必要とする人々がいるのだ」とコメディ映画の存在意義を語る主人公の真剣な表情で終わるのである。そこが本作のユニークなところであり、演出タッチの転調ぶり以上に、普通の観客を戸惑わせるところでもあろう。


 面白い映画だったけれど、主人公サリヴァンの人物造型にはちょっと引っ掛かりを感じた。サリヴァンは裕福で世間知らずな人物として描かれている。映画監督としてはヒットメーカーらしく映画会社からは特別扱いされているので、我がまま言い放題だ。演じるジョエル・マクリーはむっつりとしたビル・パクストンみたいなルックスで、お世辞にもチャーミングな人物とは言えない。浮浪者生活をしてみたいと言い出すに至っては、金持ちのボンボンが何いい気なこと言ってるの、と感情移入がかなり困難だ。手痛いしっぺ返しを喰らって改心するとは言え、この人物がもう少し親しみやすいキャラクターなら良かったのになあと思う。サリヴァンの撮ったコメディ映画って、あんまり面白そうじゃない気がするなあ。もしジェームズ・スチュアートのような大らかで夢見がちなイメージの俳優が演じていたらもっと違ったかも。