Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『唇からナイフ』(ジョゼフ・ロージー)


『唇からナイフ』 MODESTY BLAISE


 監督/ジョセフ・ロージー
 脚本/エヴァン・ジョーンズ
 撮影/ジャック・ヒルデヤード
 音楽/ジョン・ダンクワース
 出演/モニカ・ヴィッティダーク・ボガードテレンス・スタンプ、ハリー・アンドリュース
 (1966年・118分・イギリス)


 ジョゼフ・ロージー監督『唇からナイフ』見る。主人公は政府首脳や国際ギャング団と堂々と渡り合う美貌の女泥棒モデスティ・ブレイズ。相棒ウィリーは名うてのプレイボーイでナイフの達人。この2人が英国政府の密命を受け、巨額のダイヤモンドを巡って世界を股に掛けた大活躍・・・って筋立ては面白そうなんだけど・・・。


 原作は当時の人気新聞連載漫画だという。社会派テーマや重い心理劇を特意とするロージーにとっては、コミック原作の軽快なアクション映画など専門外であろうが、それにしても、ふざけてるんだか手を抜いてるんだか何だか要領を得ない描写が延々と続く珍品なのであった。


 主人公モデスティは最初っから「あの伝説の女泥棒」みたいな位置づけで登場する。普通ならば、まずは彼女の盗みのテクニックや大胆な仕事ぶりなどを紹介する場面から始まるのが筋だと思うが、そんなのは一切描かれない。彼女が「伝説の女泥棒」であることを観客に保証するものは何も無いのである。中東の石油王や英国政府首脳たちと妙に親しげなので、「何か特別な人脈のある中年女」くらいにしか見えない。相棒の部屋には(恐らく原作の絵柄と思われる)MODESTY BLAISEと書かれたアメコミ調のイラストが飾られている。まさかそれを映して全て説明しようって訳でもあるまいが・・・。まるで、原作の絵柄の立て看板の横を太った下駄履きの男が走り抜けて行く姿を映し「こいつが山田太郎だよ」とやってみせた実写『ドカベン』並みの端折りっぷりではないか。


 終盤に至ってようやく活劇風の見せ場が繰り広げられる。孤島の悪の秘密基地、牢獄からの脱出、スパイグッズの活用、キャットファイト、銃撃戦・・・。しかしどれもこれも、コメディタッチと言えば聞こえは良いが全く気の乗らないハズした調子で描かれている。鈴木則文ならきっとこういう見せ場はちゃんと面白おかしく演出しただろうなあと思う。ってロージーと則文比べるのもおかしいけれど。


 主人公モデスティを演じるのは、ミケランジェロ・アントニオーニ作品で知られる憂いの美女モニカ・ヴィッティ。雰囲気は抜群だけど、アクション・ヒロインとしてはやっぱり無理があるかなあ。モデスティの相棒を演じるのはテレンス・スタンプ、敵役はダーク・ボガード。このダンディな英国男優2人は楽しんで演じてる感じが伝わってきて良かった。


 結局本作で何が一番良いかって、モニカ・ヴィッティでもジョゼフ・ロージーの演出でもなく、『唇からナイフ』って邦題であろう。原題は主人公の名前「Modesty Blaise」と素っ気無い。『唇からナイフ』って意味わかんないけど、いわくありげな雰囲気だけは抜群ではないか。