Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『J・エドガー』(クリント・イーストウッド)

J・エドガー Blu-ray & DVDセット(初回限定生産)

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『J・エドガー』 J. EDGAR


 監督/クリント・イーストウッド
 脚本/ダスティン・ランス・ブラック
 撮影/トム・スターン
 音楽/クリント・イーストウッド
 出演/レオナルド・ディカプリオナオミ・ワッツアーミー・ハマージョシュ・ルーカスジュディ・デンチ
 (2011年・137分・アメリカ)
 

 クリント・イーストウッド翁が初代FBI長官ジョン・エドガー・フーバーの生涯を描いた伝記映画『J・エドガー』見る。J・エドガーはアメリカ政界の裏面を操った陰の権力者であるからして、単純な立身出世伝になどなろうはずもなく(またイーストウッドがそんな単純な映画など作るはずもなく)、非常に奇妙な手触りの映画に仕上がっている。


 回顧録の作成に取り掛かった晩年のJ・エドガー(レオナルド・デカプリオ)が、筆記係の部下に自らの生涯を語ってゆく。共産主義の台頭に全米が揺れ動いていた青年時代。飛行家リンドバーグの子供が誘拐された事件。第二次大戦。マフィアとの攻防。ケネディ暗殺。公民権運動とキング牧師ノーベル賞受賞。戦前、戦後のアメリカ史とともに歩みながら、FBIを作り上げ、歴代の大統領さえ手出しできない陰の権力者として君臨した男の生き様・・・。ところが、回顧録の草案を読んだエドガーの片腕のクライド・トルソン(アーミー・ハマー)から、「誇張が多すぎる」と痛烈に批判されてしまう。エドガーが語った(映像で描かれた)物語は、果たしてどこまでが真実なのか分からないのだ。エドガーとは、母親(ジュディ・デンチ)と片腕のクライド・トルソンと忠実なる秘書ヘレン(ナオミ・ワッツ)以外にはほとんど誰一人信用しようとせず、自らの作り上げた帝国に閉じこもり、正義の名の元に大国を陰で操り続けた誇大妄想狂なのか。演じるデカプリオのとっちゃん坊や的ルックス、無茶な老けメイクまでもがJ・エドガーという人物のいかがわしさを体現しているようで面白かった。握手した後は必ずハンカチで手を拭く姿、女性にダンスに誘われて異常に狼狽する姿、鏡の前で亡き母の衣装を身につけた姿・・・。リアルな人間ドラマというのとは微妙に違うイーストウッドの切り口にデカプリオの存在感はとてもマッチしていたと思う。


 本作はJ・エドガーとその片腕トルソンとの男性同士の恋愛映画でもある。別にイーストウッドは隠れゲイであったと言われているエドガーの性癖をスキャンダラスに暴きたてようとはしていない。むしろ、深い愛情と信頼関係を持って晩年まで連れ添った2人の男性の姿を堂々と描いている。エドガーの生白く太った無様な死に体を抱きしめて号泣するトルソンの姿には、「まさかこんな映画だったとは・・・」と戸惑いつつもうっかり感動してしまった。この辺は脚本のダスティン・ランス・ブラックの功績も大きいと思われる。何しろダスティン・ランス・ブラックガス・ヴァン・サントの傑作『ミルク』を書いた人物なのだ。


 イーストウッドは『バード』(チャーリー・パーカーの伝記映画)同様に時制を行き来しながら、J・エドガーという怪人物の複雑なパーソナリティーを巧みに描き出している。余計なものは映さないという徹底した姿勢、ほとんどモノクロに近いような陰影の深い映像美、悠々たる語りのリズムは他の追随を許さない名人芸であろう。