Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『パリの灯は遠く』(ジョゼフ・ロージー)

パリの灯は遠く [DVD]

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『パリの灯は遠く』 MR. KLEIN


 監督/ジョセフ・ロージー
 脚本/フランコ・ソリナス、フェルナンド・モランディ
 撮影/ジェリー・フィッシャー、ピエール=ウィリアム・グレン
 音楽/エジスト・マッキ、ピエール・ポルト
 出演/アラン・ドロンジャンヌ・モローシュザンヌ・フロン、ミシェル・オーモン
 (1976年・122分・フランス/イタリア)


 ジョゼフ・ロージー監督、アラン・ドロン主演『パリの灯は遠く』見る。実はこの映画、以前に途中まで見た事がある。邦題のイメージから「アラン・ドロン主演の文芸映画か?」くらいの軽い気持ちで見始めたら、何と苦手な「存在不安」テーマの話で、あまりの緊張感に震え上がり途中で止めてしまったのだった。今回は何とか最後まで見終えることが出来た。マジで怖かったけど。


 時は1942年、ナチス占領下のパリが舞台。美術商のロベール・クライン(アラン・ドロン)は、ユダヤ人の機関紙が誤って届けられたことから、自分と同姓同名の男が存在する事を知る。クラインは、ユダヤ人であるもう一人のクライン氏の行方を捜し始めるが・・・。


 これは傑作!ナチス占領下のパリで、ユダヤ人狩りに巻き込まれた男の悲劇をサスペンスたっぷりに描いている。理不尽な暴力に翻弄される主人公の姿には、自ら「赤狩り」で祖国を逃れたジョゼフ・ロージーの思いが幾分なりとも反映しているのではないだろうか。


 重いテーマ性だけでなく、本作には娯楽映画の要素も充分。基本は自分と同姓同名の男を捜すというミステリーであり、探偵映画的な興奮も味わえる。もう一人のクライン氏を捜してパリの街を歩き回る主人公の姿は、ハードボイルド映画の探偵そのものではないか。酒場や駅で、もう一人のクライン氏とニアミスを繰り返す描写が鮮やかだ。


 「存在不安」テーマの映画では、主人公が自らの存在に疑問を持ち、道に迷うというパターンが多い。ところが本作の主人公は妙に堂々としていて、自分のアイデンティティーを最後まで疑うことなく行動しているように見える。よって主人公の存在の輪郭が次第に曖昧にぼやけて行くような恐怖はそれほど感じられなかった。むしろ、確信を持って自ら地獄に突き進んでゆくような後戻りの出来ない感覚が恐ろしかった。ラストシーンで、貨物列車に乗ったクライン氏の硬直した表情は衝撃的だ。


 主人公のクライン氏を演じているのはアラン・ドロン。他人と見間違えようの無い堂々たる存在感を放つスターのアラン・ドロンが、劇中では何度も何度も他人と間違われるという不思議な面白さ。酒場の鏡にふと自らの姿を見て立ち尽くす場面など素晴らしい。そう言えば『世にも怪奇な物語ルイ・マル篇では、ドッペルゲンガーと出会う役を演じていたっけ。