Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『果てなき路』(モンテ・ヘルマン)

果てなき路 (DVD)

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『果てなき路』 ROAD TO NOWHERE


 監督/モンテ・ヘルマン
 脚本/スティーヴン・ゲイドス
 撮影/ジョゼップ・M・シヴィット
 音楽/トム・ラッセ
 出演/シャニン・ソサモン、タイ・ルニャン、ウェイロン・ペイン、クリフ・デ・ヤング、ドミニク・スウェイン
 (2010年・121分・アメリカ)


 モンテ・ヘルマンのミニ特集、最新作『果てなき路』ROAD TO NOWHEREについて。映画の撮影現場を舞台にしたサスペンス・ミステリーで、長編としては『ヘルブレイン 血塗られた頭脳』以来21年ぶりの新作となった。仙台の桜井薬局セントラルホールにて鑑賞。モンテ・ヘルマンの新作というだけでなく、極めて個人的な理由からこれは絶対に見逃せないと初日に駆けつけたのであるが、お客さんは自分入れてたったの4人であった・・・。


 若手映画監督のミッチェル・ヘイヴン(タイ・ルニャン)は、ノースカロライナで実際に起きた殺人事件を基に新作映画を企画する。事件の鍵を握るヒロインのヴェルマ役には、B級ホラー映画に出演していた無名女優のローレル・グレアム(シャニン・ソサモン)が抜擢された。いよいよ撮影がスタートするが、現場はトラブル続き。現地のガイドと偽って現場に潜入した保険調査員ブルーノ(ウェイロン・ペイン)が過去の事件を嗅ぎ回り、やがて意外な事実が浮かび上がった・・・。


 過去の殺人事件の顛末、それを元にした映画製作の様子、撮影された映画、と3つの物語が錯綜して進行してゆく。3つの物語の中心となるのは、ヴェルマ/ローレルという謎の女。無名の新人女優にすぎなかったローレルが、次第に秘密を抱えた恐ろしい女に見えてくる。「ROAD TO NOWHERE」という標識、暗いトンネル、墜落する飛行機、そして拳銃。企画を売り込もうとした主人公がプロデューサーから「業界でフィルム・ノワールというのは禁句だぞ」と釘を刺される場面があるけれど、『果てなき路』は正にフィルム・ノワールの変奏と言えるだろう。3つの物語を扱うヘルマンの手つきは、素っ気無いくらいにシンプルだ。思わせぶりになり過ぎないのがベテランならではの妙味だなあと思う。


 ヘルマンは1932年生まれというから、『果てなき路』は78歳の監督作品となる。ベテランならではの演出を見せる一方で、ビクトル・エリセベルイマンニコラス・レイといった過去の映画の引用やオマージュがふんだんに盛り込まれていたり、まるで映画狂の新人監督が撮ったような初々しい感触がある。脚本のスティーヴン・ゲイドスは、主人公にはヘルマンを想定して描いていたという。実際には老境のヘルマン(地獄男)から若手のヘイヴン(天国男)に変更されているが。


 虚実曖昧なまま展開してゆく3つの物語は、やがて突然の惨劇で幕を閉じる。惨劇の現場でカメラを構えた主人公に対し、警官隊は「武器を下ろせ!」と叫ぶ。THE SHOOTING(ヘルマンの初期作品『銃撃』の原題でもある)=銃撃/撮影を映像化したようなクライマックス。この場面には、一瞬目を疑うようなショットが紛れ込んでいるのだが、そこもあくまで素っ気無くサラリと見せるのがヘルマンの流儀なのだろう。ちなみに、このクライマックスは映画製作の苦難を描いた『ことの次第』(ヴィム・ヴェンダース)のラストシーンを思い出させる。『ことの次第』にヘルマンと因縁深いロジャー・コーマンがゲスト出演している事を思えば、あながち偶然でもあるまい。


 主人公ヘイヴンを演じるのはヘルマンの短編『スタンリーの恋人』で若き日のキューブリックを演じたタイ・ルニャン。謎めいたヒロインを演じるのは、エキゾチックな顔立ちが印象的なシャニン・ソサモン。最近女優見てときめくことなんてめったにないけれど、シャニン・ソサモンは久々のヒットであった。『ルールズ・オブ・アトラクション』や『悪霊喰』の頃に比べると随分大人っぽくなったなあ。脇役では『チャイナ9、リバティ37』のイタリアン・スター、ファビオ・テスティも重要な役どころで出演している。マカロニファンとしては健在な姿を見れて感激であった。昔の作品は吹替えが多くて気がつかなかったけれど、あんなに渋い声だったのだなあ。


 俳優といえば、『果てなき路』は『断絶』『コックファイター』の女優ローリー・バードに捧げられている。本作は映画界に飛び込んだ新人女優の物語でもあり、その結果運命を狂わせるヒロインの姿は、故ローリーを思い起こさせるところがあったのだろうか。


 最後にどうでもいい話を。『果てなき路』の前作に当たる短編『スタンリーの恋人』(オムニバス『デス・ルーム』挿話)はエロティックなホラーであった。オムニバスに収録された他のエピソードはかなり露骨なエロと残酷描写が盛り込まれているのに、ヘルマンのエピソードだけは何故かとてもおとなしいものであった。ベッドシーンでもヒロインが下着をつけたままだったり。今回の『果てなき路』も、『スタンリーの恋人』同様に露出は下着までであり、ヘルマンの妙な律儀さが感じられておかしかった。