Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『屍者の帝国』(牧原亮太郎)


 伊藤計劃が遺した3本の長編小説をアニメ映画化する<Project Itoh>の第1作『屍者の帝国』鑑賞。


 原作小説は、2009年に夭折した伊藤計劃の遺作(冒頭の草稿30枚のみ)を、盟友である円城塔が引き継いで完成させたもの。時は19世紀末、ヴィクター・フランケンシュタイン博士により発明された屍体蘇生技術が実用化され、世界中で屍者が軍事力・労働力と活用されていた・・・という設定で展開するスチームパンクSFです。実在の人物に加えて、フランケンシュタイン、名探偵ホームズ、007、海底2万哩、コンラッド「闇の奥」といった数多くの既製作品から同名の登場人物や設定が大胆に取り入れられた一大娯楽活劇で、よくぞここまで広げたという大風呂敷を見事に畳んでみせる幕切れも鮮やかでした。


 映画版は、盛り沢山で情報量の多い原作を駆け足でなぞるのが精一杯という感じで、どうにも慌しい。残念ながら、冒険活劇としてはもの足りず、(原作を読んだ時に感じた)ざわざわと映画的文学的記憶が脳内でざわめくような快感も得られませんでした。特濃の原作に比べると、随分薄味だったなあと思います。屍者が跳梁するロンドンで生命の光が夜空に舞うクライマックスの映像は、まるっきり『スペース・ヴァンパイア』(ご丁寧に「串刺し」もあり)なんだけど、作り手がその辺意識して再現してるのか、偶然似ちゃったのか、その辺が怪しいんだよなあ。2時間の枠で完全映画化は難しいだろうから、いっそのこと冒険活劇として徹底してくれた方が良かったのではないかと思います。屍者を巡る問答を思い切って省略して、「英国諜報部員ジョン・ワトソンと物言わぬ相棒フライデーの世界を股にかけた大冒険!」なんてのも、ありだったんじゃないかと思いますね。


 原作を読んで強く印象に残ったのは、主人公ワトソンとフライデーの関係性でした。上記の通り『屍者の帝国』は伊藤計劃の遺稿を円城塔が引き継いで完成させたもの。そんな成り立ちを思えば、主人公ワトソンとフライデーの関係性には伊藤と円城の姿を思わずにいられません。屍体蘇生技術の研究に意欲を燃やす医学生ワトソンは、病死した友人フライデーを不法な蘇生手術によって「屍者化」し、冒険を共にします。物言わぬ屍者であったフライデーがついに『屍者の帝国』の物語を語りだす結末はこの上なく感動的でありました。映画版の作り手がワトソンとフライデーの関係性に伊藤と円城をダブらせて見ていたかどうかは定かではありませんが、フライデーに対するワトソンの思い入れは原作以上に強調して描かれていたと思います。しかし、いかにもアニメーションという美少年キャラとして描かれているせいか、これって解釈が違うんじゃないの?と見ていて居心地が悪い気がしました。いわゆるところのワトソン×フライデーみたいになっているのは、伊藤計劃×円城塔という表記のせいですかね。ううむ。


 「Project Itoh」はこの後『ハーモニー』『虐殺器官』と続きます。個人的に最も注目しているのは、なかむらたかし監督『ハーモニー』。アニメーションのフォーマットに一番上手くハマるのではないかと思います。でもあんまり萌えキャラだとイヤだなあ。ハードなアクション満載の『虐殺器官』は一見アニメ向きのようですが、お話の核となる仕掛けの映像化が極めて困難だと思われるので、あんまり期待していません。興味の焦点は(しつこいようですが)シリーウォーク・デバイスがどう映像化されているかに尽きます。さて。


(『屍者の帝国』 監督/牧原亮太郎 原作/伊藤計劃×円城塔 脚本/瀬古浩司、後藤みどり、山本幸治 作画監督/千葉崇明、加藤寛崇 撮影/田中宏待 音楽/池頼広 出演(声)/細谷佳正村瀬歩楠大典花澤香菜大塚明夫菅生隆之 2015年 120分 日本)