Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『映画宣伝ミラクルワールド』(斉藤守彦)


 洋泉社『映画宣伝ミラクルワールド』(2013年)読了。70年代後半〜80年代にかけて、東宝東和、日本ヘラルド松竹富士といった独立系の配給会社が展開した個性的な宣伝活動の舞台裏をレポートした興味深い一冊。映画本の類は数あれど、映画宣伝に特化したものはあまりなかったように思います。宣伝マンたちの創意工夫と、映画に賭ける熱い情熱が伝わってくる好著です。本書で採り上げられている宣伝の数々(特に80年代)はリアルタイムで目にしているものばかりで、懐かしくも馬鹿馬鹿しい思い出がたくさん甦りました。


 ハリウッド・メジャー大手の配給会社の場合、日本の支社が本国の意向に沿って宣伝活動を行うのに対し、独立系は映画の買い付けから宣伝活動まで自社の判断で行わなければなりません。資金面においてメジャー系に劣る独立系は様々なアイデアを注ぎ込み独自の手法で宣伝活動を展開して、映画をヒットに導こうとします。時にはハッタリを効かせすぎて「誇大広告」と顰蹙を買う場合もあったり。


 ハッタリ宣伝が効果的なジャンルと言えばホラーです。「決してひとりでは見ないでください」のコピーで有名な『サスペリア』から始まり、試写状ならぬ死写状を配ったという『サンゲリア』、「映画で肝だめし!」と煽った『ヘルナイト』、「ミミズの入った水槽から現金つかみ取り」イベントを行った『スクワーム』、祈祷師を呼んでタイトルを連呼させたという『マニトウ』、本編でちょっとだけ出てくる軍用ナイフを「ジョギリ」と称し宣伝のメインアイテムに使用して顰蹙を買った『サランドラ』、他にも『バーニング』『ファンタズム』『ゾンビ』『スペース・ヴァンパイア』『バタリアン』等々・・・。インタビューで当時の宣伝マンが語る涙ぐましい珍エピソードの数々は、「大人が本気で取り組んだ文化祭」のような味わいがあります。


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 ホラーの他にも、アクションスター(ブルース・リージャッキー・チェン、スタローン、シュワルツェネッガー)の盛衰や、『Mr.BOO!』や『ブッシュマン』といった無名のコメディ作品がヒット作に化けた話など、興味深いエピソードが満載されています。ベルトルッチ(『ラスト・エンペラー』)、ミロシュ・フォアマン(『アマデウス』)、コッポラ(『地獄の黙示録』)、黒澤明(『乱』)といった、作家性の強い作品群を何とかメジャー・ヒットに導こうと奮闘するエピソードも感動的です。


 本書で採り上げられている作品で印象的に覚えているのはリー・リンチェイ(現ジェット・リー)主演の『少林寺』です。修行に励む門下生たちの姿(「ハッ!ハッ!」という掛け声)を全面に押し出した予告編はハッキリと覚えています。一方、悪い意味で印象に残っているのは、言わずと知れた『メガフォース』ですね。アクション超大作風の宣伝と戦隊シリーズよりショボい本編のあまりのギャップに腰砕けとなったのを覚えています。


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 本書がこんなにも熱いのは、「映画は映画館で見るもの」という常識が通用した最後の時期を描いているからではないかなと思います。80年代後半から90年代にかけてレンタルビデオ店が全国に展開していく中で、観客が「映画館で見なければいけない作品」と「週末に家でゆっくりビデオで見る作品」を区分けして鑑賞するようになった、という分析には納得しました。現在はそれにネットも加わり、「映画を鑑賞する」という環境は刻々変化しています。映画を鑑賞する形態がどんどん多様化・細分化していく現在と、本書に描かれた時代ではやはり大きな違いがあるように思われます。宣伝部が仕掛ける新聞広告ひとつとっても、今よりもっと皆が注目していたと思います。それこそ『メガフォース』のようなしょうもない凡作がこんなにも皆の記憶に残っているのは(しかも下らなさに怒るよりも笑って語れるのは)、やはり映画館での鑑賞、そしてそこに導いた配給会社のパッション溢れる宣伝とセットになっているからなんだろうなあと。本書を読んでそんなことを感じました。


 ちなみに。信頼の置ける各界の著名人のコメントを乗せて映画の質をアピールするという広告は、現在ではすっかり定着しています。本書によれば、当時その手法で効果を上げたのが『地獄の黙示録』や『エレファント・マン』などでした。『エレファント・マン』の広告にコメントを寄せている中には、何とヒカシューの名が!『エレファント・マン』とヒカシューって、担当者は間違いなく『うわさの人類』を聴いたんだろうなあ。


うわさの人類

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