Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

かつてあった映画館の話

日本懐かし映画館大全

日本懐かし映画館大全


 ピータ・ボグダノヴィッチ監督の『ラスト・ショー』(1971年)は、テキサスの田舎町にある古びた映画館が重要な舞台となっている。主人公たちがたむろする映画館の閉館と、彼らの青春の終わりを重ねて描くという、シネフィルとして知られるボグダノヴィッチ監督らしい趣向であった。閉館となるその映画館で最終上映(原題のThe Last Picture Show)される映画は、ハワード・ホークス監督、ジョン・ウェイン主演の西部劇『赤い河』というこれまたいかにもシネフィルっぽいセレクト。作家の片岡義男氏はこれを「いかにもできすぎでいけない、優等生的だ」と貶していたっけ。ハスミ先生(本人だったか周辺の評論家だったか)も「そんな美しい光景はあり得ないだろう」とかえって冒涜だくらいの事を書いていたような覚えがある。


 昭和の時代の映画館を豊富な図版とともに振り返る『日本懐かし映画館大全』(辰巳出版)を読んで、自分が生まれ育った町(秋田県湯沢市)にもこんな佇まいの映画館があったなあと懐かしく思い出した。「光座」という名前で、町で唯一の映画館だった。(親の話によると、かつては4、5軒あったという)自分の一番古い映画館の記憶である『ゴジラ対ヘドラ』も、もちろん「光座」で見たものだ。「光座」がどういう系列の映画館なのかよくわからないが、大作は封切から半年くらい平気で遅れて上映されたりしていた。(されなかったことも。『スターウォーズ』第1作は結局上映されなかったっけ)ピーター・オトゥール主演のクーデターもの『パワー・プレイ』がTVで放映された時に「光座」でも上映していたなんていう珍事もあったなあ。80年代のスラッシャー映画や角川映画はそんなに時間差無く上映されたので、一生懸命見に行った。


 映画館の売店で売っていたお菓子はカルミン、キャラメル、オランダせんべい(東北ローカルな銘菓)。他にも売っていたのかもしれないけど、その3つしか印象に無い。パンフレットは時々しか売っていなかったと思う。入り口や売店、土間になっていた2階席の様子などは随分昔の話なのに意外とはっきり覚えている。場外にスピーカーが設置されていて、上映中の映画の音声が外に聞こえていたと思う。こうして思い巡らしていると、町の要所にあった映画の立て看板の様子や、薬師丸ひろ子のファンでよく誘ってくれたT君の顔など様々な事を思い出す。


 自分が最後に「光座」で見たのは、『恋する女たち』(大森一樹監督、斉藤由貴主演)と『ナイン』(あだち充原作のアニメ)の二本立て。1986年の春、高校卒業の頃だった。残念ながら「光座」は1991年頃に閉館となってしまった。一応平成まで持ちこたえていたことになる。その頃は既に東京にいたので、最終上映には立ち会えなかった。ラスト・ショーは何だったんだろう。想像するに、『ドラえもん』映画とか、東映の『仮面ライダー何とか』の劇場版とかそんなところだろう。いささかもシネフィル的ではない、美化しようのないセレクトの。まあ、それはそれでいいんではないかと思う。子供たちにとってはいい思い出になってるだろうから。


 ここまで書いて、はたと思い当たったことがある。それは「光座」の写真が手元に1枚も残っていないことだった。あんなに通ったにもかかわらず、写真を残そうという発想が無かったのが不思議だ。当時新聞の折り込み広告として「光座」のチラシ(上映スケジュール)が入っていた。夜はピンク映画を上映していたので、スケジュール表の下半分には扇情的なタイトルが並んでいたように記憶する。そのチラシの1枚も手元に無いのだ。(もし保存していたら、後々相当楽しめたことと思う)上の様に思い出を語りながら、写真の1枚も無い、チラシも取っていない、正式な閉館日も把握していないし、最終上映の作品も知らない。何故なんだろう。いつでも行ける場所として安心しきっていたからか。無くなるなんて思っていなかったからか。もしや「光座」なんて映画館は存在していなくて、俺の妄想の産物なのか・・・。まさか。誰か「光座」のラスト・ショーのプログラム、知りませんか?


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