Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『日本懐かし映画館大全』(大屋尚浩)

日本懐かし映画館大全

日本懐かし映画館大全


 昭和の時代の映画館を豊富な図版とともに振り返る『日本懐かし映画館大全』(2017年)読了。著者の大屋尚浩氏は全国の映画館を取材し紹介するWEBサイト『港町キネマ通り』の管理人とのこと。


 本書ではロードショー館、名画座、ミニシアター、成人映画館、と幅広く紹介されていて、都市部だけではなく、地方の映画館も取り上げられているのが嬉しい。映画館の外観だけでなくロビーや客席の写真、館主へのインタビュー、手描き映画看板、ロビーカード、パンフレット、前売り券等々、著者の(映画、というよりも)映画館という空間そのものへのこだわりや愛情が感じられる内容であった。昨日も書いたように、本書を読みながら自分の故郷にあった映画館を懐かしく思い出した。


 映画館と映画を見た記憶は分かちがたく結びついている。映画館の立地、建物の様子(建物の佇まい、受付、ロビー、売店、壁に貼られたポスターやロビーカード等々・・・)、客層、更に言えば館員が感じ良かったなとか、トイレが小便臭くて嫌だったなとか、座席の間隔が狭くて窮屈だったなとか、そういったディティールが、そこで見た映画と結びついているのである。自分の記憶で言えば、大曲月岡劇場(秋田)で見た『風の谷のナウシカ』、湯沢光座(秋田)で見た『ダーティハリー4』、桜井薬局セントラルホール(仙台)で見た『ゴダール・ソシアリスム』、仙台フォーラムで見た『エッセンシャル・キリング』、シネセゾン渋谷で見た『24アワー・パーティ・ピープル』、BOX東中野で見た『コリン・マッケンジー もうひとりのグリフィス』、シネマライズ渋谷で見た『ブルー・ベルベット』、亀有名画座で見た『ロリータ恥辱』、新宿昭和館で見た『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』、大井武蔵野館で見た神代辰巳3本立て、中野武蔵野ホールで見た『百年の絶唱』、高田馬場パール座で見たモンティ・パイソン3本立て、銀座シネパトスで見た『レディ・ウエポン/赤裸特工』、吉祥寺バウスシアターで見た『ラストワルツ』・・・きりがない。それらは「映画鑑賞」というよりは「映画体験」と呼ぶのが相応しい。


 本書に載っているような名画座やミニシアターが次々閉館し、全国の映画館がシネコン化してゆく。そうして上映される映画や映画館の雰囲気は画一的で特徴の無いものになってゆく。これはとても味気ないなあと思う。しかし一方で、大きなスクリーン、いい音響で安心して映画を鑑賞できるのは良いことだとも思う。上の話と矛盾するようだが、今となっては貴重な「映画館で過ごす時間」を、純粋に作品を楽しむことに専念したい、余計な刺激はいらないと思う時もある。特に小さい子連れで映画館に行くようになると、劇場が安全で清潔であることや指定席で必ず座れることなどは重要なポイントな訳で。ううむ。ならば特徴のあるプログラムで上映するとか、地域に根ざした運営をする個性的なシネコン(ってのもあんまり想像できないけど)が登場するといいなと思う。


 実際のところ、これからは映画館のシネコン化がさらに進み、クラシック映画やマニアックな作品はNET配信等で自宅で楽しむという時代になっていくのだろう。本書に掲載されたような映画館は我々の記憶の中にしか存在しなくなるのかもしれない。そんな映画館のあり様の変化が映画鑑賞にどのような変化をもたらすのか、映画そのものにどんな変化をもたらすのだろうか。