Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

三つの『夜の人々』

 

 エドワード・アンダースン『夜の人々』(1937年)読了。1930年代、大恐慌下のアメリカを舞台に、犯罪者カップルの逃避行を描く。文庫の帯にはレイモンド・チャンドラーの賛辞が掲載されている。原題はTHIEVES LIKE US。劇中、主人公や強盗仲間が銀行や警察を指して「奴らは俺たちと同じ泥棒なのさ」と言う台詞が繰り返し出て来る。

 読んでみると、これはノワール小説というより、悲痛な青春小説だった。主人公ボウイと恋人キーチーの不器用な触れ合いが良い。ボウイがしっかり者のキーチーを「小さな兵隊」と呼ぶのが泣ける。

 手練れの強盗仲間の中で主人公ボウイは若く純粋で、いつかは足を洗うことを夢見ている。一方でそんなことは無理だとも薄々分かっている。

「雲が渦巻く空を稲妻が切り裂いた。電気椅子のスイッチが入った瞬間は、たぶんあれとおんなじようなものが見えるんだろう、とボウイは思った。」

 

 

 

 本作の映画化作品がニコラス・レイ監督『夜の人々』(1949年)だ。Amazonプライムに入っていたので久しぶりに再見してみた。このタイトルを見ると、ニコラス・レイといえば『理由なき反抗』くらいしか知らなかった田舎者に色々レクチャーしてくれた大学の先輩や、季刊『リュミエール』なんかを思い出す。それはさておき。

 『夜の人々』はニコラス・レイの監督デビュー作。映画版のタイトルはThey Live by Night。 1930年代不況下のアメリカで、犯罪者カップルの逃避行を描く物語は原作に準じている。ボウイとキーチーを演じるファーリー・グレンジャーとキャシー・オドンネルの名演で主人公たちの純粋さが際立ち、犯罪映画というよりまるで世界から孤立した二人の恋愛映画のようだ。二人のままごとめいた世界は、後のテレンス・マリック監督『地獄の逃避行』にも影響を与えているのではないかと思う。

 主人公2人にフォーカスするというレイ演出は徹底していて、原作で描かれた銀行強盗の詳細は全て省略、殴打や銃撃といった暴力はフレーム外で行われる。印象的な腕時計のプレゼント、簡易結婚式場のエピソードは映画オリジナル。原作ではさりげなくオチで触れられるだけの密告者のエピソードが映画ではしっかり描かれて、物語に苦味を加えていた。改めて見て、これは素晴らしい作品だと感動を新たにした。

 

 

 『夜の人々』はもう1本映画化されている。ロバート・アルトマン監督『ボウイ&キーチ』(1974年)。文庫の解説などを読むと、その製作過程はニコラス・レイ版『夜の人々』のリメイクというより、原作小説の再映画化ということになろうか。原作を読んで惚れこんだアルトマンは、脚本家に余計な脚色はしないで小説をそのまま映画に置き換えるよう指示したという。確かに物語や不況下の描写はレイ版以上に原作に忠実、主人公カップルの純真さもしっかりと再現され、アルトマン作品の中でも異色の抒情的な傑作に上がっていた。主人公にキース・キャラダインシェリー・デュヴァルをキャスティングするというセンスが実にアルトマン的、70年代的だ。アルトマン版の原題は、原作小説の通りTHIEVES LIKE USとなっている。