Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ニュークリア・エイジ』(ティム・オブライエン)

ニュークリア・エイジ (文春文庫)

ニュークリア・エイジ (文春文庫)


 何度目かの『ニュークリア・エイジ』(1985年)。大長編だけど、読み始めたらあっという間だった。解説に曰く「魂の総合小説」。作者の想いが迸る熱い小説だ。


 60年代のアメリカ、ヴェトナム戦争反戦運動、テロ。子供の頃から核の恐怖に執り憑かれている主人公は、大学で知り合った仲間たちと一風変わった反戦運動に取り組んでいた。やがて、元チアリーダーの過激派サラに先導されて、より過激な活動にのめり込んでいくが・・・。


 本書を最初に読んだのは30代の初め頃だった。どう考えても主人公はパラノイアで、全面的に感情移入出来るものではないのだけれど、屈折した「青春小説」としてとても面白く読めた。政治が介入した青春ってあんな感じなんだろうか、なんて考えたり。


 今回読み返してみて、以前よりも主人公に感情移入出来ることに気がついた。主人公はイデオロギーではなくある種の強迫観念に突き動かされているだけで、それ故に他の登場人物たちと真に共感し合う事が出来ない。挙句に自分の妻子に睡眠薬盛って、庭に掘った核シェルター用の穴の中で、ダイナマイトで吹き飛ばしそうになる。あのクライマックスには泣けた。前に読んだ時は、主人公のダメ男ぶりよりもパラノイアの方が強調されているようであんまり切なく感じられなかったのに。今回は泣けた。何故なんだろう。


 ティム・オブライエンの作品は、『僕が戦場で死んだら』(1973年)、『カチアートを追跡して』(1978年)、 『ニュークリア・エイジ』(1985年)、『本当の戦争の話をしよう』(1990年)、『失踪』(1994年)とどれも面白かった。『世界のすべての七月』(2002年)だけは、何度トライしても途中で挫折して、まだ読み終えていないけれど。『すべての七月』は自分が登場人物たちの年齢になったら最後まで読み通せるのではないかと思っている。


 さておき、今回の原発騒動が日本に新たな「ニュークリア・エイジ」を生み出す事になるだろうと思う。ちっとも嬉しくないが。その内にティム・オブライエンのごとき熱い筆致で3.11以降を描く作家が現われるだろうか。