Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『少女』(アンヌ・ヴィアゼムスキー)

少女

少女


 アンヌ・ヴィアゼムスキー『少女』読む。アンヌ・ヴィアゼムスキーと言えば、政治時代のゴダール作品(『中国女』『東風』『ワン・プラス・ワン』等)におけるヒロインだ。華奢な身体で毛語録を片手にアジテーションをする姿を記憶している人も多いかと思う。ゴダール以外にもピエル・パオロ・パゾリーニフィリップ・ガレル、アラン・タネール、ロベール・アンリコ、アンドレ・テシネら錚々たる監督の作品に出演している。個人的にはガレルの『秘密の子供』が印象深い。全く知らなかったが、現在は小説家として活動しており、本国では高い評価を得ているという。解説によると、アンヌ・ヴィアゼムスキーは亡命ロシア貴族で外交官の父と、ノーベル賞作家フランソワ・モーリヤックを祖父、作家クロード・モーリヤックを伯父に持つ、いわば文学畑の名門一族に生まれ育ったお嬢様。作家への転身は必然であったのかもしれない。『少女』はアンヌ9作目の長編小説で、自身が女優としてデビューした頃を描いた自伝的な作品。本の帯に曰く「小説か?実録か?」。


 17歳の女子高生アンヌは、高名な映画監督ロベール・ブレッソンのオーディションを受けて合格、『バルタザールどこへ行く』で女優としてデビューする。どちらかといえば内気な少女であったアンヌが、撮影を通して大人へと新たな一歩踏み出す姿が鮮烈に描かれている。ブレッソンや『バルタザール』のスタッフ、キャストたち、あのゴダールまでもが実名で登場。撮影時の顛末が詳細に描かれており、どこまでが実話でどの程度脚色されているのか分からないけれど、正に「小説か? 実録か?」ってなもんで、映画好きなら興味の尽きない一冊である。何より撮影現場の雰囲気が生き生きと描かれているのが楽しかった。


 映画ファンならばフランス映画界の伝説的監督ロベール・ブレッソンの演出がいかなるものなのか興味を惹かれるところであろう。その完璧主義、現場での独裁者ぶりは余すところなく描かれている。現場での厳しい演技指導(というか、余計な演技はするな、お前自身であれ!と延々指導する)には納得するにしても、ブレッソンがアンヌに次々繰り出してくる無茶な要求の中には単なるセクハラ?公私混同?と言いたくなるようなものもあったりして。ここまでやらないとあの厳密な映像世界は完成出来ないのかなあと感心して(というか半ば呆れて)しまった。映画を作る度にこんな騒動を繰り返してるんじゃ周囲の人間は疲れるだろうなあ。フランス人ってそういう人種なのか、それともブレッソンが特別なのか。つい我が国の大林監督の現場はどうなんだろうと考えてしまった。やがて老ブレッソンと40歳以上も歳の離れたアンヌが築く関係性は、「共犯関係」とか「擬似恋愛」とか呼び方は様々だろうけど、単なる監督と女優を逸脱していると思う。2人の力関係が微妙に変化して行くあたりも面白かった。


 表紙に描かれたロバのイラストが妙に可愛い。小説にはロバのバルタザールが全く言うことを聞かなくて撮影が滞る場面が出てくる。ロバ相手に大真面目に演出するブレッソンの姿が何ともおかしかった。