Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『さよなら、愛しい人』(レイモンド・チャンドラー)

さよなら、愛しい人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

さよなら、愛しい人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)


 チャイナ・ミエヴィルの『都市と都市』を読んだら、無性にハードボイルド小説を読みたくなってしまった。そこで本家レイモンド・チャンドラーフィリップ・マーロウもの「Farewell,My Lovely」の新訳版『さよなら、愛しい人』を手にとってみた。一番最初に読んだチャンドラーは、本作の清水俊二訳版(邦題『さらば愛しき女よ』)だった。『長いお別れ』は大好きで何度も読み返してるけれど、本作は一度も読み返したことがなかった。


 私立探偵フィリップ・マーロウは、黒人街で‘ヘラ鹿(ムース)’マロイという巨漢と出会う。マロイは刑務所から出所したばかりで、娑婆にいた頃の恋人ヴェルマを探しているという。昔ヴェルマが働いていた酒場を訪ねたマロイは、そこで殺人を犯してしまう。マーロウは行方をくらましたマロイと女を捜し始めるが・・・。


 何せ28年ぶりくらいの再読なので、物語の詳細はすっかり忘れていた。‘ヘラ鹿’マロイを始めとする個性的な登場人物、二転三転するストーリーの妙、大胆というかほとんど無鉄砲な(そして案の定ブラックジャックで殴られて気絶)マーロウの行動・・・。お約束の悪女も登場して、期待通りにハードボイルド・ミステリーの魅力を満喫できた。『長いお別れ』の重厚な読後感はないけれど、これはこれで充分に楽しめた。


 チャンドラーの特徴は、マーロウが事件を通じて出会う人々や、社会や街に対する観察眼にあろうかと思う。勿論、ミステリーならではのプロットの面白さはあるにしても、サスペンスやアクションに主眼が置かれている訳ではない。マーロウ(=チャンドラー)の巧みな比喩を交えた辛辣なコメントが大きな魅力となっていると思う。本作でもマーロウを通して、40年代アメリカの世相、風景、人物が生き生きと浮かび上がってくる。


 新訳を担当したのは村上春樹氏。かつての(今も、と言い切る自信はない)村上春樹愛読者としては、なかなか興味深い一冊である。かねてから公言している通り、氏はチャンドラーの軽妙な比喩表現から大きな影響を受けている。本作も随所に犯罪小説と言うよりも、都市小説のような趣がある。マーロウが春樹調に「やれやれ」とか言ってるし。氏の大好きな「井戸」を使った比喩まで出てきたのには笑ってしまった。これをして意訳かと思えば、意外にそうではないようだ。「やれやれ」はともかくとして。


 チャンドラーの代表作「The Long Goodbye」の村上春樹訳版(邦題『ロング・グッドバイ』)を読んで驚いたのは、清水俊二訳版(邦題『長いお別れ』)が実はかなり意訳されていたという事だった。清水訳版はいわゆる「ハードボイルド・ミステリー」のストーリーラインを強調する方向でかなり大胆な省略が行なわれていたという。『さよなら、愛しい人』も、清水版『さらば愛しき女よ』で省略されていた部分を復活させた完全版ということになるようだ。なので、春樹版の方が、オリジナルのテイストにより忠実という事になる。ハードボイルド・ムードが強調された清水版、チャンドラーの持ち味(連発される巧みな比喩表現)を救い上げて都市小説に接近した春樹版、どちらを面白いと思うかは好みが分かれるところだろう。個人的にはどちらも甲乙付けがたいとは思うけど、邦題は間違いなく清水版の方がカッコいいですね。