Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『11』(津原泰水)

11 eleven

11 eleven


 『バレエ・メカニック』に度肝を抜かれたので、津原泰水の短編集『11』(2011年)を手に取ってみた。表紙を飾るのは『バレエ・メカニック』同様に四谷シモンの人形。装丁は津原氏自身によるものだ。本の帯には錚々たる書評家の賛辞が踊る。津原氏については『バレエ・メカニック』以外にほとんど予備知識が無かったので、どんな短編を書くのだろうかと期待して読み始めた。


 彫刻家と妻の愛憎を描く『微笑面・改』、実録怪談テイストの『手』、徴兵された農夫の身代わりとなって出征した地主の息子が辿る数奇な運命を描く『土の枕』、大型犬を飼育する孤独な女性を描くSM話『クラーケン』等々、妖しげな雰囲気の漂う11編の短編が収録されている。普通小説(という言い方もヘンだけれど)の『延長コード』『琥珀みがき』などにも深遠を覗き込むような美と恐怖が感じられる。ああ、こういう作風の人だったのかと大いに納得した。こうして見ると『バレエ・メカニック』はむしろ異色作だったのかなあと思う。リアルな人物描写、緻密な構成、そして何より流麗な文章が素晴らしい。


 本書を代表する作品は、伝奇ロマンの香り高い『五色の船』であろうか。見世物興行を生業とする異形の一家が、「くだん」を買い求めるために旅をする、というお話。「くだん」とは、都市伝説に登場する人間の顔を持つ牛の怪物で、凶事を予言すると言われている。小松左京の最恐短編「くだんのはは」を読んだことがある人なら、「くだん」と聞いただけで震え上がることだろう。「見世物興行を生業とする異形の一家」meets「くだん」というだけでもショッキングなところ、最後は平行世界を描くSFとして見事に締めくくってみせるのだ。奇想に驚かされこそすれ、短編に様々な要素を詰め込んだという強引さは全く感じられない。鮮やかなものである。裏街道を生きる異形の者たちの姿、逞しい生き様と一家の絆も感動的に描き出されている。『五色の船』を読む為だけでも本書を買う価値ありと断言しよう。


 「本屋でバイトするちょっと変わった女の子」という始まりから、まさかのスケールに展開するのが『テルミン嬢』。本短編集の中で最もSFらしいアイデアとオチの作品。SFを期待して本書を手に取った者としては、最も気に入ったのが『テルミン嬢』であった。誰かこれ映画化しませんか。