Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

最近読んだ本

 ここしばらく何だかんだと忙しくて、ゆっくりPCの前に座る暇もない有様であった。映画は8月以降1本も見ていない。丸3ヶ月間何も見ていないなんて、これで「趣味は映画」と言えるのかね本当に。それはさておき、出張が多かったおかげで読書だけは順調に進んだ。先の『11』からこれまで読んだ本について簡単に書き記しておきます。



虐殺器官』(伊藤計劃
 若くしてこの世を去った伊藤計劃氏のデビュー作『虐殺器官』(2007年)。ゼロ年代最高のSFと高い評価を得ている作品だ。9・11以降、先進諸国は徹底的な管理体制に移行してテロを一掃したが、後進諸国では内戦や大規模虐殺が急増していた。その影に暗躍する謎のアメリカ人ジョン・ポール。アメリカ情報軍のシェパード大尉は、ジョンを追ってチェコへと潜入する。各地に騒乱を誘発するジョンの目的とは何か、大量殺戮を招く「虐殺器官」とは・・・。高評価も読んで納得。SF的なギミック、様々な引用(モンティパイソン!)がこれでもかとぶち込まれているが、それらが単なるひけらかしに終わらず、物語・テーマときちんとリンクしている気持ち良さ。「シリー・ウォーク(バカ歩き)デバイス」なんてのも出て来ますが。表題の「虐殺器官」の正体には驚愕。そして伊藤氏が黒沢清の某作品の仕掛けを世界規模で展開したらどうなるか、という野心をもって本作を執筆していた事を知ってさらに驚いた。もちろん単なる冒険小説として読んでも十分に面白い。これはもっと早く読んでおくんだったなあ。


虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)



The Indifference Engine』(伊藤計劃 
 伊藤計劃の短編集『The Indifference Engine』。コミック『女王陛下の所有物 On Her Majesty's Secret Property』、『虐殺器官』』をゲリラの側から語り直した『The Indifference Engine』、ゲーム「メタルギア・ソリッド」へのオマージュ『フォックスの葬送』、遺稿となった『屍者の帝国』等々、伊藤氏が短い作家生活の中で残した貴重な短編作品が収録されている。個人的に最も好きだったのは、007シリーズへのオマージュ『From the Nothing, With Love.』だ。007/ジェームズ・ボンドを演じる俳優はショーン・コネリーに始まって、ジョージ・レーゼンビー、ロジャー・ムーアティモシー・ダルトン、ピアーズ・ブロスナン、ダニエル・クレイグと引き継がれている。上司Mや秘密兵器担当のQは前作と同じ俳優で、ボンドだけが別人に変わり何事も無かったようにシリーズが続いているのを奇妙に思った事が無いだろうか。そこに独自の解釈とSF的趣向を盛り込み、ミステリーの要素もあり、しかも語りの面白さもある。お見事。伊藤氏は余程スパイとモンティパイソンがお好きだったようで、007にジョン・クリーズが出演した時にはきっと狂喜したことだろうね。


The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)

The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)



屍者の帝国』(伊藤計劃×円城塔
 伊藤計劃氏の絶筆となった『屍者の帝国』(本書の冒頭部分に当たる)を、円城塔が引き継いで完成させた長編。時代は19世紀末。死者を復活させ軍事力・労働力として活用しているという設定。英国政府機関の密命を受けた秘密諜報部員とその仲間たちが世界を駆け巡る。「フランケンシュタイン」&「吸血鬼ドラキュラ」&「シャーロック・ホームズ」、それに英露の諜報戦という思いっきりフィクショナルなネタである。よくぞここまで広げたという大風呂敷を、見事に畳んで見せるエピローグには感動した。『ハーモニー』『虐殺器官』、短編集と読み進めてきて感じたのは、伊藤氏は「物語を、誰が、どのようにして語るのか」という点に細心の注意を払っていたという事だった。円城氏は本書のエピローグにおいて見事にそれを引き継いで見せてくれた。誰が『屍者の帝国』の物語を語るのか?それはすなわち・・・。


屍者の帝国

屍者の帝国



『しどろもどろ』(岡本喜八 
 エッセイ集『マジメとフマジメの間』に続く、ちくま文庫岡本喜八本第二弾。今回は対談集で、対談相手は映画評論家(森卓也石上三登志ら)、若手の映画監督(利重剛周防正行庵野秀明ら)、常連俳優(仲代達矢伊藤雄之助ら)、音楽家山下洋輔、佐藤勝ら)等々。岡本監督夫人のあとがきによると、監督は本来喋りたくない人で、現場以外ではいつもしどろもどろであったという。しかし本書を読むとちっともしどろもどろではないばかりか、熱心に発言しているようにお見受けする。企業監督であることを辞め、インディーズの野に降り立って映画製作を続けた岡本監督にとって、各種の対談もまた映画製作のための場であり、作りたい映画や自らのバックボーンについて繰り返し繰り返し語るのも、全ては次の映画のためっだのだなあと思う。映画マニアとしては、東宝時代の師匠であるマキノ雅弘成瀬巳喜男について語った部分が特に興味深かった。撮影所の師弟関係による演出術の継承というのは、今やあり得ない世界なんだろうなあ。


 

『心に訊く音楽、心に効く音楽』(高橋幸宏
 高橋幸宏が幼少の頃から現在に至る自らの音楽体験や、YMOやソロでの楽曲にまつわる秘話等を語り下ろした『心に訊く音楽、心に効く音楽』。長年のファンとしてはとても興味深い一冊であった。幸宏氏は高校時代にスタジオミュージシャンとしてキャリアをスタートし、ソロ活動はもちろん、サディスティック・ミカ・バンド、YMO、THE BEATNIKSSKETCH SHOW、pupa、と現在に至るまで様々なユニットで常に新しい音楽を生み出し続けている。副題に「私的名曲ガイドブック」とあるように、ジョージ・ハリスンジョアン・ジルベルト、プロコルハルム、クラフトワークニール・ヤングフランシス・レイ等々、氏の音楽遍歴を辿れるのが楽しい。また、加藤和彦との出会いについて語った部分は特に印象に残る。70年代初頭、若き二人がロンドンの街角で再会する場面などまるで映画のワンシーンのように鮮やかだ。いささかも権威ぶったところのない平易な語り口には、氏の穏やかな人間性が滲み出ている。




『ダイナー』(平山夢明
 第13回大藪春彦賞、第28回日本冒険小説協会大賞受賞作。先日札幌に出張した時空港の本屋で購入し、あまりの面白さに一晩で読破してしまった。プロの殺し屋が集う会員制ダイナーでウェイトレスをする羽目になったヒロイン(その名もオオバカナコ=大馬鹿な娘)。冷徹なオーナーと次々現れる奇怪な客を相手に、彼女は生き残ることが出来るのか・・・。平山氏にしては思い切ってエンターテイメントに振り切った印象の本作、グルメ小説とバイオレンス小説の融合という荒業を見事に決めてみせる。


ダイナー (ポプラ文庫)

ダイナー (ポプラ文庫)



『リトル・シスター』(レイモンド・チャンドラー
 『ロング・グッドバイ』『さよなら、愛しい人』に続く村上春樹の新訳によるチャンドラー『リトル・シスター』(旧訳『かわいい女』)。旧訳版は学生時代に読んでいる筈だがほとんど覚えていなくて、まるっきり初めて読んだような印象であった。あとがきの通り、プロットはいささか混乱している(というか単純な話のはずが物凄くわかりにくい)と思う。しかし人物や情景描写の精密さは他のチャンドラー作品と比べても遜色なく、多彩な比喩と相まって読み応えがあった。またしても、村上春樹の好きな「井戸」を使った比喩が出てきたので思わず笑ってしまった。


リトル・シスター

リトル・シスター



『シップブレイカー』(パオロ・バチガルピ
 『ねじまき少女』のパオロ・バチガルピの新刊。舞台は、石油資源が枯渇し地球温暖化により気候変動が深刻化した近未来のアメリカ。主人公は廃船の解体作業員(シップブレイカー)として過酷な労働に明け暮れる少年ネイラー。ある日ネイラーたちが住むビーチをハリケーンが襲った。嵐が過ぎ去った後、ネイラーは島影に金持ちが乗る高速艇が難破しているのを発見、その中には美しい少女が横たわっていた・・・。もうほとんど『未来少年コナン』か『天空の城ラピュタ』かという始まりである。日本製のアンドロイドが活躍する『ねじまき少女』の作者なのだから、あながち的外れな連想でもあるまい。宮崎アニメなら高所アクションがクライマックスになるところ、本書では沈没する巨大船の中で激しいアクションが繰り広げられる(巨大な歯車が回る機械室で悪漢との対決・・・ってこれは『カリ城』か)。元々YA(ヤングアダルト)向けに描かれた小説とのことで、小ぢんまりとし過ぎていて『ねじまき少女』ほどの迫力は無い。冒険活劇としては物語が動き出すのが遅すぎるのではないかなあという印象だ。主人公たちが疾走する列車に飛び乗って故郷を脱出するのは、すでに中盤を過ぎてからなのだ。


シップブレイカー (ハヤカワ文庫SF)

シップブレイカー (ハヤカワ文庫SF)



トリュフォーの手紙』(山田宏一
 ヌーヴェルヴァーグならこの人、山田宏一先生の新しいトリュフォー本。これが単なる伝記本ではない。手紙魔トリュフォーが書き綴った厖大な数の手紙を紹介しながら、彼の人生を振り返ってゆくというものだ。少年時代の親友、ヌーヴェルヴァーグの監督仲間たち(ゴダールロメールら)、仕事仲間たち、そして良き理解者であった著者に宛てた手紙・・・。何しろ手紙なので、そこに記された感情はとても生々しい。映画に恋愛に情熱的(かなりせっかち)だったトリュフォーの姿がくっきりと浮かび上がってくる。盟友(そして宿敵となった)ゴダールへの決別の手紙、死を前にした著者への最後の手紙など、あまりに痛々しい。ファンなら涙なくしては読むことが出来ない素晴らしい一冊である。正直言って、三回くらい泣きました。


トリュフォーの手紙

トリュフォーの手紙