Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(村上春樹)

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年



 村上春樹の新刊色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(以後、『色つくの年』と略)読む。かつては村上作品の熱心な読者であったが、今ではそれほどの思い入れはない。と言いながらも、こうして新作が出れば手にとってリアルタイムで読むのだから、今でも充分ファンと呼べるのかもしれないが。それはさておき。


 主人公多崎つくるは、東京に住む36歳の独身男性。高校生時代、ボランティアを通じて知り合った仲の良い5人のグループに属していた。高校卒業の時、4人の仲間は地元名古屋に残るが、つくるだけは東京の大学へ進学した。帰省の度に再会し交友を続けていたが、ある時一方的に絶交を告げられる。死を意識するほどに深いショックを受けたつくるは、仲間から拒絶された理由を追及することのないままに大人になった。交際中である年上の女性・沙羅はつくるが他者との関係に深入りしようとしないのは高校時代の仲間から絶交された事が原因ではないかと指摘し、かつての仲間たちと再会し直接話をするように進言する。意を決したつくるは、故郷の旧友を訪ね、過去の意外な事実と向き合うのだったが・・・というお話。


 前作『1Q84(BOOK3)』以来3年ぶりの長編となる『色つくの年』。主人公は30代の独身男性、精神を病んだ女性、人里離れた森林、音楽へのこだわり、オーラルセックス、性夢、お得意の「損なわれた」という表現まで、毎度お馴染みのモチーフが頻出する村上ワールドではある。いつもと違うのは、村上作品の大きな特色であるファンタジックな趣向が後退し、等身大の人間関係がメインとなっていることだ。気取りのないすっきりと読みやすい文体で、登場人物の心の揺れがまっすぐに伝わってくる感じ。脇の登場人物たち(車のディーラーや自己啓発セミナーの社長、海外で暮らす陶芸家、等々)も人間臭く平等に描かれていて、これまで何度か描かれた「絶対悪」的な存在は出てこない。今までになく等身大な感覚というか、ごく真っ当な意味で共感を覚える部分が多かった。例えば、こんな部分に。周囲から「冷静にいつもクールに自分のペースを守る」奴だと言われている主人公は、こんな風に応える。


 「いや、おれは冷静でもなければ、常にクールに自分のペースを守っているわけでもない。それはただバランスの問題に過ぎない。自分の抱える重みを支点の左右に、習慣的にうまく振り分けているだけだ。他人の目には涼しげに映るかもしれない。でもそれは決して簡単な作業ではない。見た目よりは手間がかかる。そして均衡がうまくとれているからといって、支点にかかる総重量が僅かでも軽くなるわけではないのだ。」


 主人公よりいくらか年上の自分としては、彼が感じた痛みの何割かは経験しているし、これから感じるであろう痛みの何割かもすでに知っている。彼が年上の彼女と上手くいくことを祈るばかりだ。


 『色つくの年』は極めて純度の高い小説であると思う。中編と言っても良いくらいのタイトな分量も好ましい。やっぱり次回作も手に取ることになるだろうなあと思う。