Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『人類皆殺し』(トマス・M・ディッシュ)

人類皆殺し (ハヤカワ文庫)

人類皆殺し (ハヤカワ文庫)


 ディッシュの長編デビュー作『人類皆殺し』The Genocides(1965年)読む。とても『いさましいちびのトースター』と同じ作者とは思えない強烈なタイトルだ。ディッシュは短編集『アジアの岸辺』と長編『歌の翼に』が強烈だったので、他の作品も読みたいとずっと探していた。ようやく仙台某図書館で発見(閉架書庫に仕舞われていた)。ページはすっかり変色しており、巻末には懐かしい図書館の「貸出票」が付いている。貸出票は白紙のままで、誰かが借りた形跡は全く無かったのだが・・・。それはさておき。


 世界中が巨大な謎の植物に覆われた近未来の地球。凄まじい繁殖力で増え続る植物に生態系は破壊され、人類は滅亡の危機に瀕していた。わずかに生き残った人々の苦闘を描く本書は、何しろ「人類皆殺し」って位なので、何の救いもない真っ暗な小説であった。


 絶滅の危機に瀕した人類を描くのに、科学者や軍人は出てこない。主な登場人物たちはド田舎の農園の人々だ。強大な権力を持つ家長の元で一致団結した村人たちは、謎の植物の繁殖に対抗してトウモロコシを植え、家畜を育て、何とか生き延びている。と書くと人類頑張れ!といういい話かと思われそうだが、残念ながら善良な人間はほとんど登場しない。村人たちは武装していて、流れ者や襲撃者を撃退してはソーセージにして食ってしまうという凶悪さ。生き延びる為の戦いを繰り広げながら、村人たちが強いられる善悪の葛藤が詳細に描かれてゆく。登場人物は(老若男女問わず)ほとんどがこんな死に方したくないよなあと思うような悲惨な死を遂げる。巨大な植物の幹に入り込んだ主人公たちのサバイバルを描く後半は、閉所恐怖で発狂しそうになるくらいイヤーな感じであった。


 地球を覆った謎の植物は、どうやら異星人が植えたものらしい。異星人は人類を滅ぼすのが目的ではなくて、どうやら単に地球を菜園として活用したいだけらしい。なので人類は邪魔な害虫程度にしか過ぎないのだった。終盤には植物を「収穫」する場面が出てきたりしてのけぞった。


 果たして人類は生き延びる事が出来るのか・・・。生き残りを賭けて争いを繰り広げる人間たちに密着していたカメラは、最後に空高く舞い上がる。大俯瞰で捉えられた地上と、生き延びた人々の姿。それまでの陰惨な展開が詩情に昇華する終章には感動した。



歌の翼に(未来の文学)

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いさましいちびのトースター (ハヤカワ文庫SF)

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