Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『虚像のエコー』(トマス・M・ディッシュ)

虚像のエコー (ハヤカワ文庫 SF 370)

虚像のエコー (ハヤカワ文庫 SF 370)


 ディッシュの初期作品をもう一冊。『虚像のエコー』Echo Round His Bones(1967年)読む。


 物質転移装置で地球と火星の軍事基地を行き来出来るようになった近未来。主人公ハンサート大尉は軍事機密の入った鞄とともに火星へとジャンプする。転移が成功したと思ったその時、もうひとりのハンサートが出現した。物質転移装置の知られざる副作用によって、複製が生み出されてしまったのだ。一般人には複製の姿が見えず、幽霊のごとき存在となった複製は一般人と接触することができない。鞄に入った機密は「六週間後に火星の全核爆弾を敵に向け発射せよ」との重大な命令であった。果たして複製ハンサートは地球の危機を回避できるのか・・・というお話。


 主人公と物質移転装置の発明者との問答が長々挟み込まれていたり、妙なところはあれど、真っ暗な『人類皆殺し』に比べると、随分正統的なエンターテイメント作品という印象だ。星間戦争を回避する為に行う作戦の大風呂敷な展開などハッタリ充分。宿敵が複製を繰り返して何度も襲って来たり、物質転移装置で身体がバラバラになったり、随所にブラックな笑いが仕込まれている。『人類皆殺し』に続いて人肉食のエピソードも登場。作中に「大量虐殺 THE GENOCIDES(デビュー作の原題だ)」という言葉が出てきてニヤリとさせられた。


 発表時点(1967年)の近未来が舞台なので、主人公ハンサートは何とベトナム帰り。ベトナムの少年兵と戦ったトラウマを抱えた軍人、といういかにもな設定だ。軍人という職業柄か、ハンサートのパーソナリティーはかなりシンプルな(というか堅苦しい)もので、それが複製/融合を行うことで次第に自由になって行く辺りも面白かった。


 ハンサートが物質転移装置の発明者である博士に「ドクター」と呼びかける場面がある。すると博士は「ドクターなどと呼ばないでくれ、ドクターと呼ばれるような人間にはろくな奴がいない」と怒り出す。「ストレンジラブとかな」ってのには笑った。(件の博士も車椅子に乗っていたりする)