Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『羅生門』(黒澤明)

 今年の劇場鑑賞1本目は、黒澤明の『羅生門』(1950年)でした。実はリチャード・リンクレイターの『6才のボクが、大人になるまで。』を見ようと近所のシネコンに出掛けたところ、上映時間を間違えたのか午前中の回をやっていなくて、やむを得ず「新・午前十時の映画祭」枠で上映されていた『羅生門』を見たのでした。やむを得ずって言っても別に嫌々見た訳ではないですよ、もちろん。最新作を見ようとしていたのに、いきなり65年も前のモノクロ映画になっちゃったってところに多少の戸惑いはありましたが。


 黒澤明監督の『羅生門』は映画史に残る名作なので、今更解説の必要もありませんね。戦乱と疫病で人心が乱れた平安時代を舞台に、ある殺人事件に対する関係者の証言が食い違う様を通じて、極限状態における人間のエゴイズムを描いています。


 学生時代に見て以来なので、実に25年ぶり(もっとか?)の再見となりましたが、今見ても全く隙の無い名作だと思いました。限定された三つの場面(羅生門志村喬たちが語る場面、白洲での取調べ場面、森で起きた事件の回想場面)を交互に配置し次第に真相に迫ってゆく構成の上手さ。羅生門の場面は荒れ果てた門と土砂降りの雨で湿度まで感じられるくらいの重苦しい雰囲気を醸し出し、白洲の場面はシンプルな固定ショットで証言者の発言をテンポ良く捉え、森の場面は移動撮影を交えてダイナミックに、と映像の対比も面白い。名カメラマン宮川一夫による端正なモノクロ映像の魅力が存分に味わえます。それぞれの証言が食い違っていく内に、盗賊(三船敏郎)と夫(森雅之)の殺陣が堂々とした決闘からへっぴり腰で牽制し合う生々しい殺し合いに変わってゆくのも面白い。


 三船敏郎森雅之京マチ子志村喬千秋実ら往年の名優たちの競演も見どころです。今回見直して印象に残ったのは、何と言っても森雅之でしたね。木に縛られ、目の前で妻を奪われる男の役。妻(京マチ子)を無言で見つめるあの表情、あのじっとりとした目つき!語らずとも森雅之の目つきが醸し出す情念こそがサスペンスの要となっているような気さえしました。


 個人的には黒澤作品全般にちょっとくどいなあと思うことがあって、本作も例外ではありませんでした。『羅生門』は素晴らしい作品だとは思いますが、最後に赤子が出てくるあたりで「もういい分かった分かった」と言いたくなってしまいました。あくまで演出タッチに対する好みの問題ですが。


(『羅生門』 監督/黒澤明 脚本/黒澤明橋本忍 原作/芥川龍之介 音楽/早坂文雄 撮影/宮川一夫 出演/三船敏郎森雅之京マチ子志村喬千秋実、上田吉二郎、本間文子加東大介 1950年 88分 日本)


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