Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(シャンタル・アケルマン)

 

 シャンタル・アケルマン監督『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(1975年)鑑賞。早稲田松竹にて。主婦ジャンヌの日常を凝視する200分。評判通りもの凄い映画だった。出演デルフィーヌ・セイリグ、ジャン・ドゥコルト、ジャック・ドニオル=ヴァルクローズほか。

 

 夫を亡くし、思春期の息子と二人暮らしの主婦ジャンヌ(デルフィーヌ・セイリグ)が主人公。朝まだ外が暗いうちに起床、息子の靴を磨く、朝食、息子を学校に送り出す、家事、ひとりの昼食、買い物、カフェでの休息、隣人の赤ちゃんの一時預かり、売春、息子との夕食、散歩‥‥。料理や寝室の片づけといった家事のプロセスが固定カメラで延々と映し出される。解説によると、アケルマンは主婦にとって負担となっている家事(料理など)が、映画では程よく省略されてしまうことに抵抗したという。

 

 映画はジャンヌの三日間を描いている。途中まではこのまま五日分くらい描いて何事も起きないままプッツリ終わるんじゃないかと思ってた。それはそれで凄そうだが、映画の主眼は単なる日常を記録する事ではない。日を追う毎に日常のルーティンが微妙にズレていく様子を捉え、ジャンヌの感じているフラストレーションが我がことのように体感出来るのだ。繰り返し描かれるエレベーターの場面など、単に昇降するだけなのに妙な緊張感がある。映画の結末はかなり衝撃的。最後の長い長いショットは忘れ難い。

 

 これ撮った当時アケルマンは若干25歳。NYアンダーグラウンド・シネマを通過しての作風なのだろうが、堂々とこれを撮り切ったというのは驚きだ。相当肝が据わってるな。

 

 ジャンヌの住むアパートの内装や身に着ける衣服が、淡いグリーンを基調とした色調で統一されているのが印象的だった。

 

 このところ劇場で『キリエのうた』『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』『ジャンヌ・ディエルマン』と3時間超えの映画を続けて見た。見事に映画としての様相が異なり、長尺の理由もまたそれぞれで非常に興味深い。どれも集中力が要求される作品なので、もしかしたら自宅でDVDや配信で見ていたら途中で挫折してしまったかもしれないなとも思う。