Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『戦火の馬』(スティーヴン・スピルバーグ)


 スピルバーグ作品をもう1本、『戦火の馬』(2011年)について。第一次世界大戦を舞台に、軍に徴用されて最前線へと送られた馬とその飼い主の青年の数奇な運命を描く。原作は有名な児童文学とのこと。


 本作におけるスピルバーグの演出は往年の名画を見るような悠々たるタッチ。劇中に登場するドイツ兵やフランスの民間人たちの台詞が皆英語であったり、ジョン・ウィリアムズの叙情的な音楽が全編流れっぱなしだったりするあたりはつっこみどころかもしれないが、その辺は開き直って堂々とやっている感じ。とにかく、本作の丁寧でオーソドックスな語り口はいかにも映画を見ているという安心感があって好きだった。ヤヌス・カミンスキーの撮影もいつもの冷たい色調ではなく暖かい。体中に有刺鉄線がからまって動けなくなった馬を英独両軍の兵士が協力して助け出す場面や、離れ離れになっていた青年と馬が野戦病院で再会する場面とか、終盤の馬が競りにかけられる場面のかけひきとか、ベタな展開を照れずにやり切った感じでとても感動的だった。戦場が舞台になる後半は、スピルバーグらしいえげつない描写が出てくるのではないかと不安に怯えながら見ていたが、実に抑制の効いた描写で余裕を感じさせた。


 ちなみに本作は『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』と同じ2011年の作品で、全米では同日公開されたとのこと。今回も『レディ・プレイヤー1』と『ペンタゴン・ペーパーズ』が同時期に公開されている。スピルバーグがいかに早撮りかわかろうというものだ(Vシネ時代の黒沢清じゃないんだから)。


(『戦火の馬』 WAR HORSE 監督/スティーヴン・スピルバーグ 脚本/リー・ホール、リチャード・カーティス 撮影/ヤヌス・カミンスキー 音楽/ジョン・ウィリアムズ 出演/ジェレミー・アーヴァインエミリー・ワトソン、ピーター・ミュラン、デヴィッド・シューリス、ニエル・アレストリュプ、トム・ヒドルストン、パトリック・ケネディベネディクト・カンバーバッチ 2011年 146分 アメリカ)