ナサニエル・ウエスト『いなごの日』(1939年)読了。ジョン・シュレシンジャー監督、ドナルド・サザーランド、カレン・ブラック主演の映画『イナゴの日』原作。ホレス・マッコイ『彼らは廃馬を撃つ』と同じく、30年代ハリウッド最下層を蠢く人々の辛辣なスケッチだ。アメリカン・ドリームを求めてハリウッドにやって来た人々、一握りの成功者の陰に埋もれた多数の負け犬たち、「カリフォルニアに死にに来た人たち」を描く筆致は容赦ない。
本作は脚本家として一時ハリウッドで働いていた作者ウエストの体験をもとにした小説なのだという。余程嫌な体験をしたのか、もとより映画に思い入れが無いのか、映画がドリーミーなものとしては描かれておらず、「観客が見たいのは鎧甲armorと魅惑glamorだよ」と身も蓋もない。
クライマックスは映画の試写会でスターの登場を待つやじ馬たちの騒ぎが暴動に発展、地獄絵図が展開する。闘鶏の子細な描写などもかなり残酷。主人公が恋する女性を追って撮影所を駆け巡る場面に一瞬だけ夢が弾けるが、そのエピソードの締めくくりがセットの崩落事故と悲惨極まりない。苦い小説だった。
先日見た『三階の見知らぬ男』について調べたところ、何と『いなごの日』のナサニエル・ウエストが脚本に参加してた事が分かって驚いた。何たる偶然。他にウエストがどんな作品に関わったのか知りたくて検索したら、面白い本が見つかったので早速図書館で借りてみた。
トム・ダーディス『ときにはハリウッドの陽を浴びて―作家たちのハリウッドでの日々』(1976年)。
F・スコット・フィッツジェラルド、ウィリアム・フォークナー、ナサニエル・ウエスト、オルダス・ハックリー、ジェイムズ・エイジー。ハリウッドで脚本家として働いた5人の作家を描くノンフィクション。文学史では蔑まれたりスルーされてきた部分にスポットを当て再評価を促す野心的な一冊で、これは無茶苦茶面白かった。
フォークナーの項では名コンビとなったハワード・ホークスの他、トッド・ブラウニングも登場。デルモア・シュワルツのフォークナー評なんてのも出てきて大興奮。
お目当てのナサニエル・ウエストは、5人の中で胡散臭さが群を抜いている。MGMやフォックスといった大メジャースタジオで働いたフィッツジェラルドやフォークナーと違い、ウエストはコロンビアやリパブリック社といったマイナースタジオを中心に仕事をした(リパブリックの先輩にはホレス・マッコイもいたという)。後に末期のRKO、ユニバーサルでも働くことになるが、もっぱら弱小スタジオで生活の為と割り切ってジャンル映画の脚本を山のように書き散らしていたようだ。その成果は映画ではなく小説『いなごの日』に結実した。著者曰く「彼は誰よりも巧みに、ハリウッドの栄光に関する古いロマンティックな神話を打ち砕いたあと、まったく新しいハリウッド像ー輝く陽光の中に不吉に朽ち果てて行くハリウッドーを描いたのである。」。
本書で一番興味を惹かれたのはジェイムズ・エイジーだった。本書に取り上げられた他の作家たちが基本的には映画に興味が無いのに対し、エイジーは熱狂的な映画ファン。アメリカ映画評論家の草分けみたいな人で、この時代(40年代)すでに実作に進出した映画オタクがいたのだなと興味深い。小説も実に面白そうだ。エイジーがものにした作品は、ヒューストン『アフリカの女王』、そしてカルト作『狩人の夜』!本書を読むと、『狩人の夜』のジャンルを横断するような不思議なタッチは実は既に脚本に書かれていたのではないかと思われる。
とても面白くて一気に読み終えてしまった。ひとつ残念なのは、作品リストがついていなかったこと。それは自分で調べろってことなのかな。本書を手掛かりに探究をするのも確かに面白そうだ。