Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『夜までドライブ』(ラオール・ウォルシュ)

 

 アマプラにてラオール・ウォルシュ監督『夜までドライブ』(1940年)鑑賞。ノワール本でよく見かけるタイトルで、確かヴェンダースの『ことの次第』で主人公が言及してたなとそれ位の予備知識で見始めた。出演はジョージ・ラフト、アン・シェリダン、アイダ・ルピノハンフリー・ボガートほか。

 

 『暗黒街の顔役』のジョージ・ラフト、ボギー、アイダ・ルピノらが出演しているのでギャング映画なのかと思いきや、これが何とトラック野郎の出世物語だった。前半はトラック運転手の悲惨な生活が丁寧に描かれる。トラックの代金が払いきれず借金取りに追われる、ガソリンをツケで買う、長時間労働で家に帰れない、しまいには居眠り運転で事故死…。主人公が知人の社長に誘われ運送会社で働き始める後半は、社長夫人のアイダ・ルピノが前面に出てきて悪女ものにシフト。殺人事件が起き、駐車場の自動扉がルピノを脅かすリフレインに一瞬ノワールの影が差すものの、犯罪映画方向には展開しない。ウォルシュの演出は終始直截的で迷いが無く、かなり悲惨な事件も起きるが爽快なハッピーエンドを迎える。

 

 ジョージ・ラフト演じる主人公は芯の強い人物で、暗黒面に堕ちるような揺るぎが無い。故に本作をフィルム・ノワールと呼ぶのは躊躇われるところ。その代わりにアイダ・ルピノ演じる運送会社の社長夫人が物語の暗黒面を体現。主人公を誘惑、乗ってこないと知ると夫を殺害し共同経営者に招き入れる、主人公に婚約者がいると知ると逆上して夫の死は主人公に脅迫されてやったと告発、夫殺害に関わる駐車場自動扉に怯え、裁判では錯乱…。おかしなことになればなるほど輝きを増すアイダ・ルピノの不思議な魅力。本作をフィルム・ノワールと呼ぶならば、ひとえにアイダ・ルピノの存在あってこそだろう。