Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ヘイト船長とラヴ航海士』(鈴木慶一)


 鈴木慶一氏のソロ・アルバム『ヘイト船長とラヴ航海士』(2008年)について。ムーンライダーズ以外にもTHE BEATNIKS、THESUZUKIといったユニットやサントラ仕事など精力的な活動を続ける慶一氏であるが、個人名義でのソロ・アルバムは前作『SUZUKI白書』から実に17年ぶりとなる。2008年レコード大賞(アルバム部門)を受賞するなど高い評価を得て、慶一氏の新たな代表作となった傑作アルバムだ。


 収録曲は、


 M-1.「宣候(YOSORO)」(作詞/鈴木慶一 作曲/鈴木慶一曽我部恵一
 M-2.「おー、阿呆船よ、何処へ」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-3.「夢のSpiral」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-4.「KeiichiからKeiichiへ」(作詞/鈴木慶一 作曲/鈴木慶一曽我部恵一
 M-5.「Sukanpin Again」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-6.「雨は、今日も、やみそうにない」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-7.「2粒の雨はひとひらの雪に」(作曲/鈴木慶一曽我部恵一
 M-8.「自動販売機の中のオフィーリア」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-9.「偽お化け煙突」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-10.「煙草路地」(作詞・作曲/山本浩美)
 M-11.「Love & Hate」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-12.「白い浮標(ブイ)」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-13.「An Old Chicken Boy」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-14.「Boat of Fools」(作詞:鈴木慶一 作曲/鈴木慶一曽我部恵一


 プロデューサーは元サニーデイ・サービス曽我部恵一氏。編曲もWK1(ダブルケイイチ)とクレジットされている通り、ほとんど二人だけで作り上げたようだ。曽我部氏と鈴木慶一ムーンライダーズとの繋がりは、アルバム『月面讃歌』で「恋人が眠ったあとに唄う歌」を作詞(当時「笑っていいとも」テレフォンショッキングで慶一⇒恵一とリレーしていたっけ)、30周年記念ライヴでは「スカンピン」を熱唱、といったところが思い出される。METROTRONレーベル周辺のミュージシャンではない意外なチョイスだったので、最初は正直ピンと来なかったのだけれど、結果としては大正解。素晴らしい仕上がりである。WK1のコラボレーションはその後「ヘイト船長三部作」へと発展してゆく。


 アルバムは、初の船出前にヘイト船長(慶一)とラヴ航海士(恵一)が交わした会話から始まる。。名曲「LEFT BANK 左岸」の歌詞を引用したりしつつ、頑固な船長に航海士は問いかける。航海士「夢を語るのは、辞めたはずでしょ?」船長「夢は語らない、気付いたら夢の中か」航海士「最強の敵は自分の中にいるんでしょう?」船長「敵は夢の中にいる」航海士「左岸を目指しますか」船長「このまま、ど真ん中を下って行こう」・・・。やがて船長の「俺たちゃ〜」という素っ頓狂な雄叫びでいざ航海が始まる。


 ヘイト船長のヴォーカルとラヴ航海士の「all right 船長!」のコーラスが勇ましいM-2「おー、阿呆船よ、何処へ」。「夢は語らない」と宣言した船長の心情を描いたかのようなM-3「夢のSpiral」。M-4「KeiichiからKeiichiへ」は、タイトルの通り「引継ぎ」の曲だ。WK1とは単にプロデューサーとミュージシャンの関係に留まらず、対等なコラボレーションである事が伝わってくる。


 M-5は「Sukanpin Again」スカンピン・アゲイン、そう、名曲「スカンピン」から32年目の続篇だ。しかし最早ここには「スカンピン」の伸びやかなロマンティシズムは無い。「この文章が白紙になる時が今来たんだ 今この紙に書いてみたいのは馬鹿の二文字 それだけだ」という無常感が漂っている。しかし、美しいメロディに乗せて「スカンピンだ 拾う星屑あるのならばまだいい 吹き溜まる場所あるのならばまだいい 集める悲しみあるならばまだいい スカンピンだ 煙草一箱ほどの一生だったかな」と歌われる終盤には涙を禁じえない。 


 フォーキーなM-6「雨は、今日も、やみそうにない」、インストM-7「2粒の雨はひとひらの雪に」、慶一氏ならではのソリッドな歌詞が炸裂するM-8「自動販売機の中のオフィーリア」。M-9「偽お化け煙突」には、やがて『ヘイト船長回顧録』で全開となる妄想(偽の昭和史)が顔をのぞかせている。M-10はニール・ヤングばりのハードなギターと熱唱で再演されたはちみつぱい時代の名曲「煙草路地」だ。


 美しい小曲M-11「Love & Hate」が終わると、本アルバムのハイライトM-12「白い浮標(ブイ)」へ。2007年のムーンライダーズ公演(12/25 渋谷クラブクアトロ)で先行して披露されていた曲だ。「水の上で暮らそう 愛しい人よ 浅い夢見ながら 今日を過ごそう」「いつかきっと 白い鳥が舞い降りて ぼくらの住んだあと 印となるだろう」・・・。かつて慶一氏がこんな風に堂々と愛する人に語りかけた事があっただろうか?ヘイト船長という役になりきっての事かもしれないが、これには驚いた。そして、何と感動的な事だろうか。


 M-13「An Old Chicken Boy」は「白い浮標(ブイ)」のその後であろうか。「誰もが恐れる 一文字」を待つ人に、「すべてを差し出そう 僕の手で」「いつもそばで 君に仕える 天使になる」と語りかける姿は、ヘイト船長の過去なのだろうか。そして、ポエトリー・リーディングの最終曲「Boat of Fools」で航海は幕を閉じる。「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて 久しくとどまりたる例なし Check mate」


 詩にもサウンドにもあれこれ仕掛けの多いアルバムだ。慶一氏とすればちょっと襟を正したというか、持ち味のユーモアよりシリアスが若干勝ってるような1作ではある。「あったものが無くなったのか、最初から無いのか」(M-5)といった歌詞の無常感というか、やさぐれた感じにはさすがの年輪を感じさせる。諦観した世界観がちょっと辛い曲もある。とは言いながら、M-5「Sukanpin Again」、M-11「Love & Hate」からM-12「白い浮標」への流れは何度聴いても心を揺さぶられる。素晴らしい。

 
 

ヘイト船長とラヴ航海士~鈴木慶一 Produced by 曽我部恵一~

ヘイト船長とラヴ航海士~鈴木慶一 Produced by 曽我部恵一~