Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ヘイト船長回顧録 In Retrospect』(鈴木慶一)


 ムーンライダーズ35周年記念という事で、オリジナル・アルバムとフロントマン鈴木慶一氏のソロ・アルバムを駆け足で振り返ってきた。締めくくりとして、今年(2011年)1月にリリースされた鈴木慶一氏の最新ソロ・アルバム『ヘイト船長回顧録 In Retrospect』について。曽我部恵一プロデュースによる「ヘイト船長三部作」の完結編となる。


 ・・・改めて強烈なジャケットだな、これは。原始人ケイイチに、コステロの「GET HAPPY!」よろしく擦り切れたレコードの跡がついているという。これはアルバムのコンセプトを表現している(のか?)。遥か昔に録音されたヘイト船長のテープが地中から発見され、ラヴ航海士がそれを復元したというコンセプトのアルバムなのだ。


 慶一氏のソロ・デビュー作『火の玉ボーイ』(1976年)は、SIDE Aが「City Boy Side」、SIDE Bが「Harbour Boy Side」と名付けられていた。それに呼応するかのように、本作ではM-1〜10までが「Harbour-side」、M-11〜16までが「City-side」と名付けられている。本作にはプロデューサーの曽我部恵一氏はもちろん、高橋幸宏氏やあがた森魚氏、遠藤賢司氏、PANTA氏、さらにはスリー・グレイセスやボニー・ジャックスといった往年のベテラン・コーラスグループまで、多彩なゲスト・ミュージシャンが参加している。曲ごとに巧みに配置されたゲストが腕を振るう様子や、楽曲のバラエティーは確かに『火の玉ボーイ』を思わせる。しかし最早ここには『火の玉ボーイ』の明朗さは微塵も無く、混沌とした世界が広がっている。35年という時間の流れで変わったもの、変わっていないもの、またこれから変わってゆく姿が恐ろしいほどに刻印されているようだ。


 収録曲は、


 Harbour-side 
 M-1.「Prologue,Silent Night」(作曲/Franz Xaver Gruber)
 M-2.「ゴム紐売り」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-3.「老婦人と見知らぬ人」(作詞/鈴木慶一 作曲/鈴木慶一曽我部恵一
 M-4.「小舟は、語るよ、珊瑚礁を」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-5.「あたしの故郷は流木なの」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-6.「物語を書きすぎた男」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-7.「人間嫌いの日」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-8.「HANEDAFEST」
 M-9.「第四地区パーク」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-10.「流木のうた」(作詞・作曲/鈴木慶一
 City-side
 M-11.「In Retrospect」(作曲/鈴木慶一
 M-12.「Witchi-Tai-To」(作詞・作曲/James Gilbert Pepper)
 M-13.「ネアンデルタール, JFK, JWL, JLG」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-14.「すべてはジャズと呼ばれていた」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-15.「回顧録」(作詞・作曲/鈴木慶一
 M-16.「Epilogue, Thgin Tnelis」(作曲/曽我部恵一


 スクラッチ・ノイズの彼方から「きよしこの夜」がわずかに聴こえたと思ったら、早速M-2「ゴム紐売り」へ。ヘイト船長の「回顧録」への旅が始まる。「回顧録」と題されてはいるものの、単にノスタルジックなルーツ探訪ではない。時代も国籍も音楽ジャンルも何でもありの混沌とした世界だ。冒頭のスクラッチ・ノイズや疑似ステレオ録音、生楽器の多用といったアナログな感覚と、エレクトロニカサウンドが巧みにミックスされている。どちらかと言えば音数の少ない印象であるが、慶一氏の歌詞と相まって、非常に映像的な喚起力が強いサウンドだと思う。慶一氏の飄々としたヴォーカルも味わい深い。今回はいつになく歌詞がはっきりと聞き取れるような気がするなあ。


 自分は昭和40年代生まれなので、戦後から昭和30年代の風景は映像やコミックの中でしか知らない。親戚の家で読んだ「おそ松くん」や「サザエさん」の原作とか。押し売りやルンペンなんて言葉はそんなコミックで知ったものだ。M-1に登場する「ゴム紐売り」とは訪問販売(押し売り)のこと。小津安二郎の『お早よう』には殿山泰司が「ゴム紐売り」役で出演していたっけ。歌詞の中には「ゴム紐売り」(M-1)、「てんぷら学生」(M-14)、「街頭テレビ」(M-9)といった言葉が登場して昭和の風景を巧みに描き出してゆくが、決して心地良いものではない。どの曲も、必ず暗黒面が含まれている。M-4「小舟は、語るよ、珊瑚礁を」で、スリー・グレイセスが「島の男たち ビキニのお嬢さん!」と華やかに歌う「ビキニ」とは水爆実験の行われたビキニ環礁のことなのだ。


 暗黒面といえば、何故か歌詞に「刑務所」とか「逮捕状」といった言葉が頻出するのがすごく気になる。慶一氏が女言葉で歌うM-5「あたしの故郷は流木なの」では「最初に暮らしたのは悲しみ 二度目は激しい暴力で 三度目は愛に包まれて 四度目は刑務所の中」と『嫌われ松子の一生』ばりの不幸な人生が綴られる(陽気なカントリー調で)。M-5と対になるように、流木のような生きざまを肯定するのがM-10「流木のうた」。ボニー・ジャックスのコーラスが力強い感動的なナンバーだ。

 
 慶一氏ならではの孤独感が滲むM-7「人間嫌いの日」、M-13「ネアンデルタール, JFK, JWL, JLG」は個人的なベスト・トラック。M-7の歌詞にも「逮捕状」って言葉が出てくるなあ。M-13の終盤で響くハーモニカの調べは素晴らしい。最初に聴いた時は鳥肌が立った。演奏しているのがエンケンと知ってまたびっくり。それにしても、ケネディ(John F. Kennedy)とレノン(John Winston Lennon)とゴダールJean-Luc Godard)という固有名詞(とネアンデルタール!)を並列して物語に紡ぎ出す事が出来るのは慶一氏だけだろう。「悲しさが ある日の朝に 両肩に降りかかって来ても それを叩き落とさないでくれ 埃や塵じゃなくて 大事なものだから」・・・。涙。


 M-12「Witchi-Tai-To」はジャズ・サックス奏者James Gilbert Pepperのカバー。オリジナルはYouTubeで聴く事が出来たが強烈なものだった。あまりに奇妙な曲なので気になって調べていく内に、今までスルーしていたハーパース・ビザール(彼らもこの曲をカバーしている)の魅力に気がついたり。そんな発見が出来たのも嬉しかった。ヘイト船長ヴァージョンは、和テイストを混入してさらに混沌とした曲になっている。慶一氏の短い日本語詞パートにはハッとさせられる。


 そのものズバリの「回顧録」(M-15)とラヴ航海士作曲のインストでアルバムは幕を閉じる。各曲に隠された謎、M-15の歌詞の重みを味わいたくて、何度でも聴き返したくなるアルバムである。
  

 ムーンライダーズ鈴木慶一氏のファンとなって25年経つ。それぞれのアルバムと個人的な記憶は様々なかたちでリンクしている。2011年はソロ『ヘイト船長回顧録 In Retrospect』、THE BEATNIKS 『LAST TRAIN TO EXITOWN』、ムーンライダーズ『Ciao!』と沢山の新しいアルバムが聴けて嬉しい反面、バンドの無期限活動休止宣言という衝撃的な知らせがあった。さらにこの3枚のアルバムは、震災/原発事故という思いもよらぬ出来事の記憶とリンクしてしまう事になった。


 『ヘイト船長回顧録 In Retrospect』を購入してから、それほど聴き込む前に震災が起こった。混乱がある程度収まり電気も通って、やっと音楽を聴こうという気になって改めて手に取った。結局、震災を挟んで今年一番聴いたアルバムとなった。個人的な慶一氏に対する期待感、震災後のもやもやとした不安感や渦巻く諸々の感情を託してなお聴くに値する強度を持った、個性的で深みのあるアルバムであることを書き記しておきたい。


ヘイト船長回顧録 ラヴ航海士抄

ヘイト船長回顧録 ラヴ航海士抄