Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『ほとぼりメルトサウンズ』(東かほり)

 

 我が最愛のロックバンド、ムーンライダーズのフロントマンである鈴木慶一さんが出演するという事で気になっていた映画『ほとぼりメルトサウンズ』。7/16からめでたく上映が始まったものの20:30からの回のみということで、それならば仕事明けに行こうと画策していました。勤務先から新宿K's CINEMAまでだと移動時間はちょうど1時間位と見込んで、19:30に退社すれば間に合うなと。しかし・・・公開から3週間近く経つのに一度もその時間に会社を抜け出せなかったですよ。「今日も行けなかった・・・」としょんぼり終電帰りの毎日でした。昨夜ようやく思惑通り会社を抜け出せたので、夜の熱気の中新宿へ。新宿は物凄く久しぶり、それこそK's CINEMAでキン・フーの『山中傳奇』見た2019年の正月以来か。

 

 という訳で、東かほり監督『ほとぼりメルトサウンズ』見てきました。主人公コト(xiangyu)が旅の途中にかつて祖母が住んでいた空き家を訪れると、庭にはダンボールハウスが建てられていて、見知らぬ老人タケ(鈴木慶一)が住み着いていた。老人はマイクを携えて町の様々な音を録音し、「音の墓」と称して土に埋めているのだった。老人の行動に興味を持ったコトは、音の墓作りの手伝いを始める。そこに家の立ち退きを要請する業者(平井亜門、宇乃うめの)がやってきて・・・。

 

 お話はこの後、立ち退きを要請しに来た2人も仲間になって、4人での奇妙な共同生活が展開します。本作が長編デビュー作となる東かほり監督の演出は、きわめてオーソドックスなタッチで好印象。何度も登場する料理、食事、遊戯(人生ゲーム)、他愛のないお喋り、といったエピソードの中に4人の俳優の等身大の演技がうまく生かされていると感じました。最年長の慶一さんを含め4人が本当に仲良さそう見えるのがいいですね。土手でコトとタケ老人が語らう小津的なショットも良かった。

 

 慶一さんはタケ老人という役を引き受けるにあたり、ムーンライダーズの曲とのシンクロを語っていました。それは「夢が見れる機械が欲しい」(アルバム『アニマル・インデックス』収録)という曲で、自分の声を録音して地中に埋めるという歌詞があるのです。本作の脚本は別に曲からインスピレーションを得た訳ではなくて、偶然のようです。俳優としての慶一さんは「主人公の父親」「主人公が立ち寄る店の主人」みたいな役柄で多数の出演作があります。ほとんどがゲスト出演みたいなもので、重要な役回りと言えるのは『PiCNiC』の牧師役くらいかなという印象です。それが、本作では準主役、物語をけん引する重要な役柄ではありませんか。しかも「音を集める老人」というジャストな役柄。飄々としてとらえどころのない雰囲気が役柄にぴったりでした。口笛を吹きながら揚々と庭を横切る場面、押入れの中で何か物語を朗読してる場面など印象に残ります。ちゃんちゃんこのような古着で厚着した姿は「ニットキャップマン」のフジオさんや『東京ゴッドファーザーズ』のホームレスたちを思い出させるし、マイクを携えて街をうろつく姿はムーンライダーズのドキュメンタリー『マニアの受難』で羽田の街で音を拾い集める博文さんを思い出します。そもそも慶一さんが音楽担当した『MOTHER』からして音を集めるゲームだったりして、そんな風に、ムーンライダーズ鈴木慶一の姿がタケ老人という役柄に上手いこと反映されていて、そんな意味でも楽しめる作品でした。

 

 物語が進むにつれて、老人の目的が「土に中に眠る大事な人に音を届ける」ことであることが明らかになります。でも物語の底流にある貧困や災害や死者の話、身寄りのない老人たちのコミュニティー、その場を奪おうとする経済活動の力学、といった辺りには踏み込まないまま、さらりと結末を迎えます。ラストショットは、ダンボールハウスが撤去された跡、庭の空き地が映し出されます。そこは音が埋められた場所であり、劇中で主人公たちが録音した音が地中から聞こえてきます。映画はそれを楽しい思い出の反響として描き、観客もそのように受け止めるでしょう。老人の目的は完遂したのだ。めでたしめでたし。

 

 そういう映画なのだということは頭では理解しつつ、どこか物足りなさも感じました。慶一さんが演じているからこその深読みというか、そんなに額面通りに受け止めていいのかとこちらがひねくれ過ぎているのか。そもそも老人の語る妹の話は本当にあったことなのだろうか。一緒に遊園地に行ったのは本当に妹だったのか。老人の話を信じるとしても、あのラストショットは本当にいい場面なのだろうか。死者に届けた音が、地中から木霊となって帰って来たような怖さを感じなかっただろうか。これは私の人生の音じゃないと。

 

 ううむ、色々思うところあって感想をまとめ切れずとりとめのない文章になってしまいました。まだ書き足りないんですが。

 

 最期に『ほとぼりメルトサウンズ』と共振してしまったムーンライダーズの名曲「夢が見れる機械が欲しい」についてのエピソードを。この曲に歌われた「夢が見れる機械」というのは、ヴィム・ヴェンダースの『夢の涯てまでも』に出てきたような「見た夢を記録する装置」のことなのだと思います。『夢の涯てまでも』では、自分の見た夢を記録して、翌日それを繰り返し再生して見る事で費やす、という退廃的な状況が描かれていました。ドリーム・ジャンキー、とか呼ばれてたような。ところが、精神科医香山リカの対談集『今日の不健康』(1996年)では、香山氏が別の解釈を披露していました。「夢が見れる機械が欲しい」とは、「夢を見ることすら機械にやらせたい、もうそれは自分では嫌だから放棄したい」という状態ではないのか、と。ドリーム・ジャンキーの先を行って「夢見ることすら機械に任せたい」というほどの怠惰な状況ってのはどんなのだろう。「夢が見れる機械が欲しい」の冷え冷えとしたサウンドと、冴え渡った歌詞を聴いていると、確かにそんな状況も想像できるような気がしてきます。

 

午後になって 寒気がして ヤブの中にアンテナひとつたてて 

草の上で眠る 自分の声入れて 土の中に埋める

夢が見れる機械が欲しい 夢が見れる機械が欲しい

 

 

『ほとぼりメルトサウンズ』

監督/東かほり 脚本/永妻優一、東かほり 撮影/鈴木雅也 音楽/xiangyu、ケンモチヒデフミ

出演/xiangyu、鈴木慶一、平井亜門、宇乃うめの、⼩川節⼦、坂田聡

2022年 日本