Fool in Trance

それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。

『遠い声、静かな暮し』(テレンス・デイヴィス)

 

 テレンス・デイヴィス監督『遠い声、静かな暮し』(1988年)鑑賞。菊川Strangerにて。開催中の「1980-2000年イギリス映画特集」の1本。タイトル以外全く予備知識なしで、邦題とスチールからほのぼの系のホームドラマを想像していたのだったが・・・。

 

 『遠い声、静かな暮し』はリバプールに住む5人の家族の歩みを描くドラマ。淡々としたスケッチから、家族の愛憎が浮き彫りになってゆく。これがかなり異様な雰囲気の映画だった。まさかこんな走馬灯みたいな映画だとは予想してなかった。無人の階段に家族の声だけが聞こえる冒頭からしてヤバい。まるで舞台となる古い集合住宅にかつて住んでいた死者たちの声の残響に耳を澄ませているような描き方。

 

 要所要所に幸せだった頃のファミリーポートレイトみたいな奇妙なショットがあり、それを様々な歌が繋いでゆく。登場人物たちが自宅で、防空壕で、パーティで、パブで、大声で歌う。ラジオから流れる流行歌。映画館で響く劇伴。長男が奏でるハーモニカ。ミュージカルのごとくたっぷりと音楽描写に費やされている。

 

 登場する男たちはみなろくでなし。特に酷いのはDV働くクソ親父。ファミリーポートレート風ショットで、クソ親父だけは壁の写真の中だ。

 

 結婚式を終えて玄関先でさめざめと泣く長男。ラストシーンは深い闇に消えてゆく家族の後ろ姿。夢に見そうなくらい異様なタッチの、怖い映画だった。って感じたのは自分だけかな。この映画を皆どう受け止めたのかとても気になる。

 

 劇場ロビーに公開時のパンフ(六本木シネヴィヴァン)が置いてあり、開いてみると大林監督と幸宏さんの対談が。これには不意を突かれて動揺した。泣いた。